| この項目には、一部のコンピュータや一部の閲覧ソフトで表示できない文字が含まれています(詳細)。 |
| (国旗) | (国章) |
| 公用語 | 韓国語(朝鮮語) | ||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 首都 | ソウル | ||||||||||||||||||||||||||
| 最大の都市 | ソウル | ||||||||||||||||||||||||||
元首
|
|||||||||||||||||||||||||||
| 通貨 | ウォン(KRW) | ||||||||||||||||||||||||||
| 時間帯 | UTC +9(DST: なし) | ||||||||||||||||||||||||||
| ccTLD | KR | ||||||||||||||||||||||||||
| 国際電話番号 | 82 | ||||||||||||||||||||||||||
大韓民国(だいかんみんこく)は、東アジアにある朝鮮半島を主な領土とし、その南半部を主な支配地としている国。通称、韓国(かんこく)。首都はソウル特別市。
冷戦下で誕生した分断国家のひとつである。
目次
|
大韓民国は朝鮮半島において軍事境界線(38度線)を挟み朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の統治区域と対峙する分断国家であり、朝鮮民族国家としての統一は国民の悲願とされる。
日本海を挟んで日本と、黄海を挟んで中華人民共和国と国境を接する。韓国人口のほぼ半分は、世界で5番目に大きな大都市圏であるソウル都市圏(ソウル・仁川周辺)のある京畿道で生活する。
1910年の日韓併合により日本の一部の立場となったが、宗主国日本が第二次世界大戦で敗れた結果、連合軍の軍政を経て、1948年に建国される。その後、朝鮮戦争や軍部出身大統領による独裁政権時代を経て、1980年頃より民主化運動が盛んになる。当初は光州事件での政府による民間人大量虐殺など、その運動は弾圧されていたが、1987年に自由選挙が実現された。現在は複数政党制の民主主義国家である。
北朝鮮とは建国以来敵対関係にあり、朝鮮戦争以降も小規模な軍事衝突がたびたび発生しており、常に緊張状態にある。金大中政権以降の北朝鮮に対する融和的な政策(太陽政策)により表面的には友好関係が築かれつつある。しかし北朝鮮による核開発問題や拉致(拉北)問題など未解決の問題がいくつかある。また北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ少なくないハードルが残されている。
国民意識として、歴史上の理由から日本に対してコンプレックスとも言われるほど強いライバル意識・敵対意識を持っている。また一部の人々は、直接的な原因は、李承晩の反日教育にあると考えている。また、大日本帝国による併合、朝鮮戦争などの国難を乗り越えてきたため、大抵の韓国人は愛国心が強いと言われている(ただし、韓国人の愛国心はかなり弱いとする調査結果もある[要出典])。アジアで覇権主義をむき出しにしている中国に対しても、良い国民感情をもっていないとされている。
アメリカ合衆国(米国)とも基本的に友好関係にあるが、近年は太陽政策や在韓米軍問題などをきっかけに、反米感情が噴出し、現在では距離を置き独自路線を歩みつつある(親北反米)。
前述の様に、日本やアメリカとの間には、事あるごとに問題が噴出しているが、マスコミも外交関係に関して普段は「伝統的な友邦である米国と日本…」と述べている。
情報技術産業、自動車産業などを中心に世界で13番目の経済力をもつ。しかし現在は中国の躍進や1997年のアジア通貨危機、内需不振などにより経済は低迷傾向にある。また国民の間の経済的な貧富の格差が社会問題となりつつある。 米国の証券会社モルガン・スタンレーは報告書で、李明博次期大統領が約束した経済公約(減税、労動市場の柔軟性拡大、企業と不動産の規制緩和)がその通りに執行された場合、2012年ごろ韓国の1人当たりの国民所得は現在の日本並み(2006年3万7000ドル)に近づくだろう、と予想した。[1]
| 大韓民国 |
| 人口 - 経済 |
| 教育 - 交通 |
| 言語 - 軍事 |
| 政治 |
| 文化 |
| 遺跡 - 映画 |
| 芸術 - 文学 |
| 演劇 - 舞踊 |
| 宗教 - 民俗 |
| 地理 |
| 温泉 - 国立公園 |
| 歴史 |
| 先史時代 |
| 古朝鮮 - 檀君朝鮮 |
| 箕子朝鮮 - 衛氏朝鮮 |
| 三韓時代 - 三国時代 |
| 統一新羅 |
| 後三国時代 |
| 高麗 |
| 李氏朝鮮 - 大韓帝国 |
| 日本統治時代 |
| 連合軍軍政期 |
| 大韓民国 |
| カテゴリ |
| 政治 - 法律 - 経済 |
| 教育 - 軍事 - 交通 |
| 組織 - 文化 - 歴史 |
韓国語(朝鮮語)での正式名称は、ハングル表記:、漢字表記:大韓民國。読みは、テハンミングク、Daehan Minguk。略称は、(韓國、ハングク、Hanguk)。
日本語表記は、大韓民国。通称は、韓国。北朝鮮政府は、南朝鮮という呼称を使用している。日本においても、南朝鮮あるいは南鮮・南韓と呼ぶ場合があるが、前者は旧社会主義陣営の支持者を除いて一般的に使用されることは少なく、後者は蔑称であるとして避けられている。英語ではRepublic of Korea通称、R.O.K. またはSouth Korea。
「韓」は、古代朝鮮半島の南部にあった「三韓」と呼ばれる馬韓、辰韓、弁韓の国々の名称に由来する朝鮮民族の別名。「韓」という漢字は三韓の民族の自称に対する当て字だと言われている[要出典]。日本と清との間で取り交わした下関条約の後の1897年に当時の大朝鮮国(朝鮮王朝)が国号を大韓帝国に改めたことで正式の国名となった。1910年の日本による韓国併合後、この地域の呼称は朝鮮に戻された。のち、1919年に李承晩(のちの初代大統領)・金九ら独立運動家が国外につくった大韓民国臨時政府は、亡命政権の名称として「大韓」の名を用いると同時に、初めて共和制国家としての名を採用した。
(注) 「朝鮮」という呼称は、「朝鮮民主主義人民共和国」を認め「大韓民国」を否定するものと理解されるため、韓国においては忌避される傾向がある。「朝鮮民族」や「朝鮮語」などの言葉が日常で使われることはほとんどなく、「韓民族」や「韓国語」と呼ばれる。背景には、北朝鮮が半島全土の呼称として「朝鮮」を用いていることや、韓国を「南朝鮮」と呼称していることなどがある。韓国では朝鮮半島を「韓半島」、朝鮮海峡を「大韓海峡」、朝鮮戦争を「韓国戦争」(「韓国動乱」、「6・25(ユギオ)」とも)と呼称するのが一般的である。北朝鮮は「北韓」、朝鮮人参も「高麗人参」という(「高麗人参」は土産物用、輸出用に限られ、韓国内では「人参」という。野菜のニンジンは「タングン」(唐根)という)。ただし、ホテル名や学校名、朝鮮日報のような新聞社名など、ごく少数の固有名詞で、植民地時代からの歴史のあるものや伝統的な語感を生かそうとしている名称には「朝鮮」が使用されることもある。詳細は朝鮮の歴史、韓国現代史年表をそれぞれ参照。
大韓民国は、アメリカ軍による朝鮮統治によって国家基盤が形成され、成立した。
大韓民国成立後の歴史は、憲法による政体の相違によって、7つの時代に区分される。
詳細は第六共和国 (大韓民国)を参照。
建国以来、大韓民国は共和憲政体制を採用している。国家体制を定める憲法は、建国直前の1948年7月17日に最初の憲法を採択して以来、9回の改憲を経て現在に至っている。特に、国家体制を大きく変えた5回の改憲は韓国政体の歴史的な一区切りとされ、それぞれの時期に存続していた憲法は第一から第六憲法と呼称されている。それにともない、各憲法に基づいて構成されていた政体も、第一から第六共和国と呼称されている。
現在の憲法は第六共和国憲法と呼ばれ、1987年10月29日に採択された。この憲法は、5年毎の直接選挙による大統領の選出を定めている他、大統領の再選禁止なども盛り込まれており、韓国憲政史上最も民主主義的な体制を規定した内容とされている。第六共和国憲法に基づいた第六共和国は、1988年2月25日に盧泰愚が大統領に就任して以来、今日まで持続している。なお、現在の大統領は2008年2月25日に就任した李明博であり、2013年2月24日まで大統領職を務める予定である。
詳細は朝鮮統一問題を参照。
建国以来、北朝鮮とは「朝鮮の正統な国家」としての立場を巡り、敵対的な関係が続いた。1950年に勃発した朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後、韓国では民主化時代まで強い反共主義が取られ、北朝鮮のスパイや共産主義者に対して厳重な取締が行われた。
統一に向けた努力が幾度と試みられたが、実を結ぶには至っていない。1980年には、北朝鮮から高麗民主連邦共和国創設と、低い段階での連邦制を提示された。冷戦終結以後は雪解けが進み、韓国と北朝鮮の国連同時加盟や共同声明に結実した。韓国は金大中政権以降になって太陽政策をとり、初の南北首脳会談が実現するなど、国内に和解ムードが広がっている。一方で北朝鮮核問題、韓国人拉致疑惑問題など未解決のいくつかの問題がある。
第二次世界大戦後、東西冷戦体制が形成されるなかで、右派を中心とする大韓民国が成立した。1948年11月20日、国会で米軍の無期限駐留要請が決議されたように、大韓民国の成立と、朝鮮戦争での大韓民国の防衛には、アメリカ合衆国(米国)を中心とする国連軍が大きな役割を果たした。1953年の米韓相互防衛条約締結によって韓国は米国の同盟国となった。
冷戦期には、韓国は軍事的、経済的に米国へ依存を余儀なくされてきた。多数の韓国人が米国に移住し、在米韓国人数は200万人に達している。またこの間、韓国政府は米政府の要請を受け、ベトナム戦争に軍を送ることを決めた。米国はその見返りとして、韓国が導入した外資40億ドルの内およそ20億ドルを直接負担し、その他の負担分も斡旋し、日本からは約11億ドル、西独などの西欧諸国からは約10億3千万ドル調達した。また、戦争に関わった技術者・軍人・建設者・用役軍納などの貿易外特需(7億4千万ドル)や軍事援助(60年代後半の五年間で17億ドル)も、韓国の高度成長を支えた[2]。こうして韓国は、ベトナム参戦を契機に急成長を遂げていく(漢江の奇跡)。[3]
1990年以降の東西冷戦体制の崩壊や韓国経済の躍進は、この構図を転換する要因となった。韓国はソビエト連邦、中華人民共和国、ベトナムと次々に国交を樹立し、これらの国々に対する経済投資も拡大している。1998年の金大中政権成立後は太陽政策によって北朝鮮との関係も金泳三政権期に比べて改善された。一方、1999年の老斤里事件報道後、在韓米軍に対する反感が強まり、2002年に米軍車両に韓国人女子中学生が轢き殺された事件によって米軍に対する反感がいっそう高まった。同時に米軍兵器の近代化と展開能力の向上により、想定される戦闘の様相が、米軍が駐留し始めた頃とは異なってきているため、米軍が韓国に駐留する必要性は減少している。このため、米国も在韓米軍を削減する政策を打ち出している。
2006年に起きた北朝鮮の「核実験」では北朝鮮との宥和政策を推進する余り、親北反米政策を取ったため米国との関係は冷却化している。
日本との関係日本が唯一朝鮮半島の正統国家として承認している国であるので、政治・経済・文化などあらゆる分野で緊密な関係にあり近隣友好が模索されている。
一方で歴史的背景から日本に対するコンプレックスとも言われるほどの敵対意識・ライバル意識の強い側面もある。特に日韓併合とその統治に対して否定な意見が圧倒的に多く、盧武鉉政権になってから日本統治時代の「親日派」の子孫を排斥弾圧する法律(日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法及び親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)が施行されている。又、表立って日本統治時代の宗主国日本について肯定的に発言する知識人や芸能人などは激しく批判され、入国拒否或いは発言を撤回されられるなど社会的な制裁を受ける。親日派=チンイルパを参照。
大東亜戦争(第二次世界大戦)が終結した後、日本の一部としての立場から米軍統治を経て独立をした。李承晩・金九ら右派民族主義者を中心として建国された当初から、日本と韓国の関係は冷ややかなものであった。当時から韓国側には日韓併合と、それに伴う同化政策に関して謝罪や賠償を行わないことに対する批判があった。一方、日本側には、韓国が日本固有の領土である竹島(韓国名は独島:)を武力によって不法に占拠したこと、韓国が日本海上に一方的に李承晩ラインを設定し、この線を越えて操業する日本漁船を拿捕し乗員を抑留することに対する批判があった。この時代には、第一大邦丸事件のように、韓国軍人によって多数の罪無き日本人が殺害されている。
李承晩政権期は国交断絶状態であったが、朴正煕政権が成立して両国の国交正常化交渉が本格化した。国交正常化交渉の過程では請求権問題が最も紛糾したと言われている。韓国による対日請求権の主張に対して、日本側は日本統治時代に朝鮮半島に投下した資本および引き揚げた日本人が残した財産(GHQ調査で52.5億ドル[4])を主張することで韓国側に対抗した。結局、日韓基本条約とともに締結された「日韓請求権及び経済協力協定」にもとづいて、日本は約11億ドルの無償資金と借款を援助し、韓国は、日本による経済協力と引き換えに対日請求権を放棄した。韓国はその資金をインフラの整備に充て、戦時徴兵補償金は死亡者一人あたりわずか30万ウォン(約3万円)であった[5]。なお、日韓基本条約は米国にとってはインドシナ戦争の後方支援体制作りを進めるもので、この条約によって、韓国がベトナム戦争に軍事貢献し、その韓国を日本が経済的に支える構造がつくられた[6]。
1997年のアジア通貨危機により、韓国の経済は危機に瀕した。発足したばかりの金大中政権は国際通貨基金の支援とその経済政策を受け入れ、新自由主義的傾向をもつ構造改革政策によって危機を乗り切った。この時期、首相は金大中と立場を異にするものの同じく経済通と呼ばれた金鐘泌であった。IMF支援の際、日本は韓国に対するIMF緊急支援570億ドルのうち百数十億ドル分を負担した[7]。 2003年に盧武鉉政権が発足した。盧武鉉政権は当初、歴史問題に言及しないと言明するなど両国関係は良好であるかと思われたが国内においては、日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法及び親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法を制定するなど一貫して反日的な政策を取っていた。
ほどなく、両国政府関係は、島根県の「竹島の日条例」の制定や日本の国連常任理事国入りを目指した動き、小泉純一郎前首相の靖国神社参拝に対する内政干渉問題や日本の歴史教科書に対する内政干渉問題もあり悪化した。民間交流のあり方も一様ではない。韓流ブームも影響して民間交流は活発化しているかに見える一方で2004年から2005年にかけては日本に対する抗議デモの影響により交流行事を韓国側からキャンセルするケースがいくつか出た。
経済面において日本と韓国の関係は深い。韓国から日本への電子部品や工作機械などの輸出も増大している。韓国の対外輸出の増加にともない、日本からの部品輸入や日本への特許使用権料の支払いも増加しており、戦後一貫して韓国の対日貿易は赤字が続いている。2007年度には対日貿易赤字が過去最高の289億ドル(約3兆2000億円)に達し[8]、その原因として韓国は技術、部品、素材などの日本への依存度が高く、かつ韓国の技術力、信頼性は日本より劣るものであることから、韓国製品の日本輸出が難しいという構造的問題があるとされ[9]、「韓国が世界貿易で稼いでも、その半分以上を日本へ引き渡している構図である」[10]と指摘されている。対日輸入の金額自体は増加しているが、輸入に占める割合は2005年には18. 5%、2006年は16. 8%まで下がっており全体的に減少傾向にあり、輸出でも同様の現象が起こっている。これは韓国企業が開発途上国など新興市場を積極的に開拓したことが大きい[1]。
李承晩政権時代には外貨流出や北送事業(北朝鮮帰国運動)への抗議を理由に二度に渡り通商断交を宣言したことがある。その第1回は1955年8月〜翌年1月、第2回は1959年6月〜翌年4月である。しかし、2回とも1年以内に通商を再開している。 2003年に両国首脳は自由貿易協定 (FTA) 締結を目指すことで合意したが、交渉は難航している。
盧武鉉政権は日本時代の親日派問題の清算として「日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法」及び「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」を制定し、反民族行為認定者の子孫の土地や財産を国が事実上没収する人権蹂躙としか言いようがない法を制定し、実際に「親日派」10人の子孫が所有する約13億6000万円相当の土地を没収する(2007年8月13日 読売新聞)など適用がはじまっている。
1951年、中国人民義勇軍が朝鮮戦争に参戦し、一時はソウルを占領したことにより、韓国と中華人民共和国(以下、中国と略称)の関係は長らく敵対的なものとなった。韓国は中華民国(台湾)と親交を深めた。しかし1979年の中国の対外経済開放政策や1990年の東西冷戦体制の崩壊を要因として、韓国の対中政策は転換した。盧泰愚大統領は1992年8月24日中華人民共和国との国交を正常化、中華民国とは外交的に断交した。これ以降、韓国では中国投資ブームが起こり、多くの韓国企業が安い労働力を求めて中国に進出した。現在では韓国の対中投資額は日本のそれを上回り、投資額は国家としては第一位となっている[11]。とくに山東省青島、遼寧省大連、吉林省延辺朝鮮族自治州には、韓国企業の投資が累積している。また中国に留学する外国人学生数で、韓国はトップを占めるほどになっている。 しかしながら投資額が国家として一位とはいえ、韓国企業の対中投資実行額は04年の62億5000万ドルから、07年には1〜11月段階で32億3000万ドルと3年でほぼ半減のペースとなっている。要因としては08年1月より施行された外資優遇を原則廃止した新たな企業所得税法、従業員の待遇を向上させる労働契約法や現地トラブルも重なり「中国離れ」が加速している[2]。
その一方で韓国民の一部は、中国の超大国化によって韓国が飲み込まれるのではとの恐怖感を感じている。将来韓国が北半部を統一した場合、中国と国境を接する可能性がある。中国人民解放軍は、現段階では軍隊の規模は韓国軍よりも大きく、その上装備の近代化を進めている。
他方で、統一後は韓国が中国に対して上位に立つとする見解もある。全体的に見て中国軍の装備は、西側先進諸国の水準にある韓国軍に劣っている。また、有事の際、韓国軍は圧倒的な継戦能力を持つアメリカ軍による物資支援を受けるため、継戦能力においても韓国軍は優勢である。また、中国の経済はバブル経済で実際の成長はそれほどではないとの見方がある。
近年、旧間島問題とも関連して、高句麗が韓民族国家か中国の地方少数民族政権かという歴史論争が、韓国と中国の間で起きている。
近年、中国の経済発展によって貿易総額が拡大、主要貿易相手国として中国が浮上している。輸出総額では、日本は中国、米国に次ぐ3位になり、日本の比重はやや低下している。
韓国の中国における商業スタイルの特徴的な点としては、中国の安い労働力を使い生産するのではなく(無論、中国の安い労働力を求めて進出する企業も存在する)直接投資を続ける一方で市場を攻めてブランド価値の高い製品の輸出を行うことが挙げられる。
WTO香港ラウンドに於いて、韓国の農業従事者が香港で激しいデモ活動を展開した。香港の警察はデモを行った人々を拘束した。
同年11月、端午の節句が「江陵端午祭」としてユネスコに選定され、中国政府関係者が苦言を呈するなど、歴史、文化的な衝突もある。
ソビエト連邦・ロシアとの関係ソビエト連邦の外交関係も参照。
1945年の第二次世界大戦終結で、朝鮮半島は北緯38度線を完全な境界線として米軍の南部とソビエト連邦軍の北部に分断占領された。1948年にアメリカ合衆国主導の南北統一総選挙が国連で決議されたが、北部を軍政統治するソビエト連邦が拒否し、南北分断が確定した。同年8月15日には南部単独で大韓民国が成立、追って9月9日にはソ連軍の士官として朝鮮半島に帰還した金日成を指導者とする朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が北部のみで成立したため、韓国は建国当初からソ連と敵対関係になった。
ソ連は朝鮮半島北部で朝鮮労働党の指導による社会主義国家の建設に成功し、朝鮮戦争では北朝鮮軍の南侵を支持したが、国連の安全保障理事会における欠席戦術を逆手に取られてアメリカを中心とした国連軍の編成と介入を許し、朝鮮半島全域への勢力拡大は失敗した。この際、ソ連軍は直接介入を控えたものの、軍事顧問団の派遣や兵器の供給で北朝鮮や中国の軍事作戦を支えた。その後のベトナム戦争では、アメリカの要請に応じてベトナムに出兵した韓国軍が北ベトナムを通じてソ連の支援を受ける南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)と激しい戦闘を行った。この東西冷戦の激しい時期では韓国とソ連の関係は絶たれていた。歴代の韓国の政権は反共主義を唱え、北朝鮮の背後にいるソ連や中国を強く警戒していた。金日成の個人独裁が強化された北朝鮮で親ソビエト派が一掃されても、ソビエト連邦は北朝鮮を朝鮮半島唯一の正統政権と認め、韓国とは全く外交交渉を行わなかった。
1981年、ソウルが1988年のソウルオリンピック開催都市に決まると、韓国はホスト国としてソビエト連邦を含む全ての国を安全に招待する義務を負った。しかし全斗煥政権は対ソ強硬姿勢と国内の民主化運動弾圧を継続し、1983年9月1日には大韓航空の旅客機がソビエト連邦領空を侵犯した後に撃墜された大韓航空機撃墜事件も発生して、両国間の関係は全く改善されなかった。
これが変化したのは、1985年に登場したソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ政権が新思考外交による冷戦の緩和を訴えた以降である。韓国も1987年に成立した盧泰愚政権が民主化を進めつつソビエト連邦や中国との緊張緩和を目指す北方外交を提唱した結果、ソウルオリンピックはソビエト連邦や東欧諸国の参加を得て無事に開催された。この際に両国の接触が本格的に開始され、首脳会談を経て、1990年9月30日に韓国とソビエト連邦は国交を樹立した。1991年にはゴルバチョフが初訪韓(済州島を訪問)し、同年に韓国は北朝鮮と同時に国連加盟を果たした。また、第二次大戦後に旧日本領の南樺太(その後ソビエト連邦がサハリン州に編入)に取り残され、無国籍状態やソビエト連邦国籍になっていた残留朝鮮人の韓国訪問・帰還事業や、第二次世界大戦前にスターリンによって極東の沿海地方から中央アジアへ民族全員が強制移住させられたソビエト連邦国籍の朝鮮人(高麗人と称される)との交流が開始された。
1991年12月にソビエト連邦が崩壊してロシア連邦やその他の共和国が完全な独立国家として成立しても、韓国側からの積極的なアプローチは続いた。現代自動車はロシアの外国自動車市場で最大のメーカーとなり、LG電子も家電市場で3割のシェアを獲得したと伝えられている(ジェトロレポートより、[3])。巨大財閥以外の韓国企業もロシアに進出し、ウラジオストクを重要な拠点としてシベリア開発にも関与している。ロシアは社会主義体制を放棄した現在でも北朝鮮との友好関係を維持している事から、北朝鮮の核開発問題をめぐる六者会合への参加国に含まれている。
また、中央アジアで新たに独立したカザフスタンやウズベキスタンにも韓国企業が進出している。両国には韓国からの直行便が就航し、高麗人への韓国語教育の支援などを含めた関係強化が進められている。
2004年に、過去において韓国がウラン濃縮など核開発に結びつく研究を行っていた事実が公表され、国際原子力機関(IAEA)の査察を受けている。
2005年には、同国の放射性アイソトープ販売企業であるキョンド洋行が、イラン企業のパトリス社に放射性物質であるニッケル63を売ったほか、フランスからは別の放射性物質である三重水素(トリチウム)を買い入れ、パトリスに売り渡していたことが、報道された。
韓国は朝鮮半島全域を領土とし、そのうちの南北軍事境界線(38度線)以南及びその属島を統治している。軍事境界線以北は、実際には北朝鮮政府が統治しているが、大韓民国では、地域を指す表現としての「北韓: プッカン、ほっかん」が用いられている。なお、北朝鮮も同じく朝鮮半島全域を領土としており、韓国政府が統治する区域を、軍事境界線以南の地域を指す意味で「南朝鮮: ナムジョソン、みなみちょうせん」と呼ぶ。
西には黄海、東には日本海に面し、朝鮮海峡(対馬海峡、西水道)を隔てて釜山と対馬とは約50kmの距離である。全国土面積は98480kmで、これは北海道と四国を合わせた程度あるいは九州の約2.7倍(九州は36700km)である。
日本と韓国の間には、竹島(韓国名:独島)領有問題が存在する他、1990年代以降になって日本海(韓国名:東海)の国際的な呼称をめぐって韓国政府と日本政府が対立する等、いくつかの問題がある(参考:日本海呼称問題、李承晩ライン)。
大韓民国の範囲 最南端 - 馬羅島(済州特別自治道西帰浦市) 最北端 - 江原道高城郡 最西端 - 白翎島(ペンニョンとう、仁川広域市甕津郡) 最東端 - 鬱陵島(韓国政府の主張に沿えば竹島/独島)半島部の緯度は日本の静岡県や大阪府中部から宮城県と同じだが、冬は大陸からの季節風の影響を受け、日本の同緯度の地域に比べると寒冷である。例えばソウルは福島県二本松市、新潟県長岡市付近と同緯度にあるが、冬の寒さは札幌市と変わらない。また釜山は千葉県南部や名古屋市、京都市と同緯度にあるが、冬は東京より平均気温が2、3度低い。この気候はオンドルを発展させた。しかし、三寒四温といって、日本と比べ雪が少なく、寒冷な気候がそれほど長く続くことはない。
済州島は和歌山県南部、高知県、福岡県と同緯度にあり、韓国では最も温暖とされるが、冬は半島部と同様の北西季節風の影響、また(38度線以南の現在の)韓国では最高峰である漢拏山(標高1950m)がそびえる地形的要因により、非常に風が強く緯度の割に寒冷で、北部は東京より寒い。
夏は半島部においては日本より湿気が少なく過ごしやすい。ソウルの夏の気温は30度を超えることもよくあり、冬の寒さがほぼ同じ札幌市に比べると高めで、また内陸の盆地にある大邱は韓国で最も暑いとされるが、湿気が少ないため熱帯夜になることはほとんどなく、エアコンが無くても寝苦しいということはない。
ケッペンの気候区分では、釜山など南・東部は温暖湿潤気候、ソウルを含む北西部は亜寒帯冬季少雨気候に属するとされる。
近年は中国の砂漠化の進行に伴う黄砂被害の拡大が問題となっている。
詳細は大韓民国の地方行政区画を参照。
特別市(Teukbyeol-si、トゥクピョルシ) 1:ソウル特別市(ソウルとくべつし) 広域市(Gwangyeok-si、クァンヨクシ) 2:釜山広域市(プサンこういきし) 3:大邱広域市(テグこういきし) 4:仁川広域市(インチョンこういきし) 5:光州広域市(クァンジュこういきし) 6:大田広域市(テジョンこういきし) 7:蔚山広域市(ウルサンこういきし) 道(Do、ト) 8:京畿道(キョンギどう) 9:江原道(カンウォンどう) 10:忠清北道(チュンチョンブクどう) 11:忠清南道(チュンチョンナムどう) 12:全羅北道(チョルラブクどう) 13:全羅南道(チョルラナムどう) 14:慶尚北道(キョンサンブクどう) 15:慶尚南道(キョンサンナムどう) 特別自治道(Teukbyeol-jachido、トゥクピョルヂャチド) 16:済州特別自治道(チェジュとくべつじちどう)詳細は大韓民国の経済を参照。
大韓民国の経済は、朝鮮戦争以降大きく立ち後れていたが、ベトナム戦争参戦と日本からの経済・技術援助を契機として所謂漢江の奇跡と呼ばれる高度経済成長を遂げ、以降も順調に成長を続けて2007年現在は世界で13番目の経済的な規模がある。主要な産業は情報技術、造船、鉄鋼、自動車など。新興工業経済地域(NIEs) の一つに数えられた時期を経て、1996年にアジアで2番目のOECD(経済協力開発機構)加盟国になった。主要な企業としては、サムスン電子や、現代自動車、LG電子、ポスコ、現代重工業などがある。近年は知的財産への投資も増加している。(韓国の知的財産権問題も参照)
韓国の建築・土木企業は世界に進出し、かつて世界一の高さを誇ったペトロナスツインタワーのうち、タワー2の建設をサムスン建設が請け負ったこともある。中東からの受注が最も多く、次いでアジアからの受注が多い。近年では、欧州、中南米からの受注も急速に増加している(後述)。 他方で、1990年代に崩落事故が相次ぎ、いずれも崩落により死者を出した三豊百貨店、聖水大橋等が不実工事(手抜き工事)として問題となった[12]。
しかしながら韓国の建築・土木企業の世界からの信頼は厚く、2007年の上半期の海外受注実績が、上半期だけで161億ドルに達している。同国の建設交通部によれば、上半期の受注額は前年同期比89%増加したという。上半期の受注状況を地域別に見ると、中東地域が前年同期比134%増の105億ドル、アジア地域が47%増の33億4000万ドルだった。欧州地域は8億9000万ドルと金額的には少ないものの、前年同期に比べ239%増加し、中南米地域も2億8000万ドルで1345%の大幅増を記録している。国別ではアラブ首長国連邦が43億7000万ドル、クウェートが16億7000万ドル、サウジアラビアが15億3000万ドル、オマーンが12億600万ドル、リビアが8億5000万ドル、シンガポールが6億ドルの順だったという[4]。 UAEのドバイなどはリゾートやニュータウンの建設にも力を入れており、サムスン建設が、完成すれば世界一の高さになるブルジュ・ドバイを建設中である。
2000年以降、韓国建設業界は単純な土木工事から脱却し、プラント受注を中心に海外進出を強化している。 韓国建設業界は、受注全体の70%近くを中東地域で受注しているが、石油化学などのプラント受注が受注全体の71%を占める。 2007年10月には、海外プラントの受注累計額が300億ドルを突破し、韓国の輸出額全体の10%を海外へのプラント輸出で稼ぎ出している。2007年現在は、1日平均1億ドルを受注するまでとなっている。 規模だけでなく事業内容も充実しており、斗山重工業が世界最大の発電所をインドで受注したほか、現代重工業のコンソーシアム(企業連合)はサウジアラビアで中東最大規模の淡水・発電プラントを受注した。また、韓国企業はこうした大型プロジェクトを一括(ターンキー方式)受注するだけでなく、高度な技術が必要とされる基本設計市場までも開拓しているという。現代エンジニアリングはクウェートの潤滑基油プラントを、SK建設はタイで精油工場の施設高度化事業の基本設計を受注するなどしている。 海洋構造物市場では、韓国の造船企業が、FPSO(浮体式原油生産貯蔵設備)やドリルシップ(深海原油・ガス試錘設備)などの高価格の海洋試錘設備市場を事実上独占している。[5][6]
主な企業は、斗山重工業、現代重工業、サムスンエンジニアリング、サムスン物産、現代建設、サムスン建設、SK建設、SKエンジニアリング、GS建設、大宇インターナショナル、韓電KPS、ハンソルEME。
世界シェアに占める韓国企業の割合は38%で世界1位である。 船舶用の設備の国産化率は85%。また、通信航路標識やエンジン遠隔操作などの先端電子機器やエンジン、クランクシャフトといった基幹部品を自給できるのも強みとなっている。特に船舶用エンジンのシェアでは世界トップを占める。
韓国勢は高付加価値船舶市場において特に強く、2002年から2006年までに世界で発注された高付加価値船舶のシェアを見るとLNG船157隻の内サムスン重工業が50隻受注したのをはじめ、韓国の造船メーカーが78.3%を掌握している。また、世界で発注されたドリルシップ25隻は韓国メーカーが68%のシェアを獲得している。油田開発用洋上石油生産設備(FPSO)も、全26隻のうち14隻、53.8%を韓国メーカーが受注しているなど高付加価値船舶市場は韓国メーカーが事実上の独占をしている。[7]
船舶の開発にも積極的で、サムスン重工業は世界で初めて極地運航用前後方向砕氷船を開発した。この船は砕氷船の助けがなくとも単独で氷を割って航行できる。世界最低の設計温度、世界最高といわれる前後方向砕氷性能、摩耗に耐える特殊塗装など、最先端の新技術が使われている。価格は一般タンカーの4倍以上だが、2006年にロシア最大の国営海運会社JSCソヴコムフロット社から7万トン級3隻を受注した。2012年までに38隻発注されることが予想されている。[8] 大宇造船海洋もまた世界で初めてのLNG-RV船を開発した。この船は、LNG運搬船の上に液体ガスを気体に変える装置を搭載し、船から直接ガス管を通じて消費者にガスを供給できる。海上に数カ月間停泊してガスを供給することが可能。 建造第1号は米国に輸出され、2005年8月にハリケーン「カトリーナ」がアメリカのニューオリンズに直撃し甚大な損害を与え、すべてのガス供給施設が麻痺した際にニューオリンズにエネルギーを供給した。ニューオーリンズ市長は同船を運用するエクセラレートエナジー社に感謝状を送り、この功績により、大宇造船に注文が殺到している。[9] 他にも同社は世界初の燃料節約型LNG船の開発にも成功している。[10]
建造方式においても韓国造船メーカーは画期的な新方式を編みだしており、サムスン重工業が2つの船舶ブロックで超大型船舶を建造できる新技術テラ・ブロック工法[11]や水の上に浮かぶバージ船で船を作るフローティングドック工法を用いている他、現代重工業は2002年に世界で初めて陸上建造方式での船舶建造に成功した[12]。これによりドック使用せずとも船舶の建造が可能となり、大幅なコストの削減と時間の短縮に成功した。STX造船も特許を取った独自の陸上建造方式SLS工法による船舶の建造を行っている。[13][14][15] 特にSTX造船は世界最高の陸上建造回転率を誇っている[16]。
2000年代初頭より中小企業庁は富川市の金型産業を地域特化品目に認定するなど金型産業にも力を入れており、これを受け富川市は金型産業支援条例を制定し、世界で初めての金型集積化団地を造成し今では世界的な金型都市になりつつある。 事務用機器、医療用機器、自動車用ギアボックス、携帯、PDA・半導体用金型部品、プレス用金型部品、自動車用プレス金型部品、エンジニアリングプラスチック金型、二重射出金型、ダイキャスティング金型、ブロー金型、マシニングセンタ、放電加工機、NCフライス盤、研削盤等のさまざま金型メーカーが存在している[17]。長らく金型・工作機械産業は輸入超過の赤字であり韓国の産業界では困り者とされていたが2005年以降黒字に好転し、外貨獲得率80〜90%の優秀な産業に変貌している。 アメリカの最先端ブロンコ・スタジアムの骨組みとなる数十トンの鉄骨用高強度ボルト・ナットの輸出や独BMWの部品供給メーカー、カイザー社への工作機械供給など世界各国に輸出している[18]。 韓国にはKPF、ファチョン機械、牙城精密、貨泉機工、ドラゴン電気などの中小企業から斗山インフラコアのような大企業まで1000社以上が存在している。
ポスコ(POSCO=旧浦項製鉄)などの製鉄会社がある。ポスコは新日本製鐵から技術を導入した。近年、中国で粗鉄の需要が急速に伸び中国国内の調達だけでは間に合わないため、韓国から輸入するケースが出ている。ポスコは日本市場進出を計画している。 また、2007年、ポスコが次世代製鉄新技術「ファイネックス(FINEX)」を開発した。他の世界的な鉄鋼メーカー各社も、1970年代ごろから環境汚染がひどく原料加工費が高い溶鉱炉工法に取って代わる新技術を開発してきたが、本格な商用化に成功したのはポスコが初めてであり、世界の鉄鋼史を塗り替えたと評されている。[19]
韓国車も参照。
自動車は日本企業との提携が多く、現代自動車は三菱自動車、現代自動車の傘下に入った起亜自動車はマツダ、GM大宇はトヨタ、ルノー・サムスンは日産自動車と提携していた。韓国国内では1988年に自動車の輸入が自由化されたが、「輸入先多辺化(多角化)制度」と呼ばれる事実上の対日輸入禁止品目において自動車が指定されていたために、日本車の輸入・販売は1998年7月に至るまで禁止されていた[20]。
デザイン的には日本車の影響が強い。北米や欧米、アジア市場において、低〜中価格帯の車種のシェアを獲得していて、06年の世界販売台数は、ホンダや日産自動車を上回っている。現代自動車はさらに高価格帯への参入を企図しているとされる。
また、自動車部品メーカーもアメリカなど他国の自動車産業への参入を図っている。
DRAMでは世界シェアーの約半数近くを占める。半導体技術力が向上し、大規模な投資をして高収益を上げ、その大半を再投資に振り向けて政府の後押しにより最先端生産ラインを増強した結果である。半導体技術力向上の一環として、世界中から人材を集めるのが特徴で、日本の技術者も高額の給料で雇われ、土日のアルバイトで働くものもいた。結果、1990年代まで日本が優位にあったDRAM業界のシェアを韓国が塗り替えることになった。これに対し日本や他国の企業は技術流出の対抗策として、自社技術者の監視、生産技術の内製化を進めている。一方で韓国企業でも同様に他国への技術流出対策を積極的に行っている。
パソコンや携帯等で使われる汎用品の液晶パネルは世界トップのシェアを占めている。液晶テレビの国別シェアは日本、台湾に次いで3番目である。技術開発競争が激化し、価格競争により採算面(人件費の高騰)で厳しくなっていることが課題となっている。日本から特許侵害で提訴されるケースや、逆に韓国側からも提訴が行われている。近年では。液晶パネル製造部門を持たないソニーがサムスンと提携しS-LCDを設立するなどの動きが出ている。
携帯型デジタルオーディオプレーヤーが韓国国内で数多く製造、販売されており、主な製品としてiRiverやiAudioなどがある。世界の携帯型MP3プレーヤー市場では、Apple社のiPodシリーズが圧倒的なシェアを獲得しており、また日本国内においてもIPodの勢力が強い上、残りのシェアもSony、Panasonicなどが有し、韓国製品は大きなシェアを獲得するには至っていないが、一定のシェアを確保している。世界的に有名なパソコンメーカーとして韓国コンピューターメーカー社が合資した会社eMachinesがあり、低価格のパソコンが全世界で好評を博した。eMachinesは2005年にゲートウェイに買収された。 その他にもクレジットカード照会機、PCPOSシステムと周辺機器、複合クレジットカード照会機をはじめとした各種の電子機器の海外輸出も行われている。
携帯電話の分野では、第三世代携帯電話 (3G) を中心に韓国製のシェアが伸びている。サムスン電子はノキア、モトローラに次ぐ世界第3位のシェアを握る。
基幹部品のフラッシュメモリーや液晶パネルのシェアで世界トップであることが強みである。フラッシュメモリーは日本、米国にも相当部分輸出され、反面で、それらの国から部品も輸入し、水平分業が盛んである。CDMA技術など米国の会社に対する基本技術への特許使用料が増加しており、新規技術開発が急がれていたが、2007年に第三世代移動通信技術「ワイブロ」の開発に成功しているのを始め、複数の通信技術が国際標準として採択された。
韓国電子通信研究院(ETRI)が世界で初めて3Gbps級第4世代低速移動用無線伝送システムを開発した。ETRIは第2世代のCDMA、第3. 5世代のワイブロ、地上波デジタルモバイル放送でも世界初の基本技術を確保しており、今回の開発はそれに次ぐ快挙となった。
ETRIは第4世代移動通信(IMT-Advanced)の停止または低速(時速3キロメートル)移動の際、最低国際要求規格の1Gbpsより3倍早い3. 6Gbpsの伝送速度を実現させ、低速移動用無線伝送システム(NoLA)を世界で初めて開発した。この技術を使うと、現在100Mbpsの光LANで1分程度かかる映画1本分の動画のダウンロードが数秒でできるほか、数十分かかる5ギガバイト級のデータも10秒余りでダウンロードできるようになる。11日に行われた試演会では、HD級動画80チャンネルを同時に伝送しFTPサービスを使い数ギガバイトの高容量ストリーミングデータを数秒で高速伝送する技術が公開された[21]。
また、2008年にはETRIとサムスン電子、KTFが高速移動でも30Mbpsの速さで情報を伝送できる次世代移動通信システム、3GPP LTEを開発しデモにも成功した。このシステムは第3世代移動通信方式のWCDMA(広帯域符号分割多元接続)よりも大幅に進展した技術であり、高速移動中でもマルチメディアサービスが可能だという。第4世代技術に近いため第3. 9世代技術と評価されている。低速移動なら100Mbps以上の伝送速度となりHSDPA(高速パケット伝送技術)の7倍のデータ伝送率を誇る。第4世代技術の基幹技術を欧州より先に確保したことの意味は大きいと評価されている[22]。
LS電線は、携帯電話などポータブル電子機器バッテリーチャージ時、別途のコネクターなしに充電用パッドの上に乗せればよい“無接点充電技術”を基盤とした無線充電器を世界で初めて商用化に成功した。[23]
2007年、KTフリーテル(KTF)は、無線インターネットサービスの性能を改善したHSUPA(高速アップリンク・パケット・アクセス)ネットワークの商用化に成功。HSUPAは第3. 5世代携帯電話技術のHSDPA(高速ダウンリンク・パケット・アクセス)からデータアップロード速度をより高めた技術。アップロード最高速度は5. 76Mbpsで、ネットユーザーが作成した動画の共有、端末機自動アップロードサービス、個人放送サービスなどを利用できる。 KTFはソウル市や釜山市、光州市、大邱市などの主要都市で、最大速度1. 45MbpsでUSB試験モデムを通じサービスを提供する。2008年10月からはサービス地域を首都圏と広域市に拡大する。 2008年第1四半期までは、首都圏と広域市は5. 76Mbps、その他地域では1. 45Mbpsでサービスを提供し、来年上半期には全国ネットワークの構築を完了する予定だという。[24]
韓国市場が飽和しているため企業の海外進出が活発になっており、ウズベキスタンなどの中央アジアや沿海州、モンゴル、中国、アメリカなどに進出している。
通信市場の潜在力が大きいウズベキスタンではKTが現地2位の有線通信会社であるイーストテレコムの発行済み株式51%を保有している。、また無線超高速インターネット会社であるスーパーアイマックスの発行済み株式も60%保有している。KTはこの二社を買収し、中央アジア市場に進出する見通しだ。両社のネットワークを通じ、2008年からタシュケントやサマルカンドなど12都市で有線・無線の超高速インターネットサービスを提供する。その後、インターネットテレビ・ポータルサイト・データセンター事業を開始し、韓国で開発された無線ブロードバンド技術ワイブロの現地サービスを行うという。 KTは97年、ロシア沿海州の通信企業NTCを買収して以来、現地で移動通信事業を展開している。NTCは2007年7月に加入者数100万人を突破し、沿海州移動通信市場でトップを独走している。また、KTはモンゴル最大の有線通信会社モンゴルテレコムの発行済み株式の40%も保有している。
SKテレコムは2007年に中国2位の移動通信会社であるチャイナユニコムの資本6.6%を取得して2大株主となった。先駆け、米国のヘリオやベトナムのSフォンにも投資を行い、現地に進出している。[25] 通信業界が海外に進出するのに伴う形で通信設備会社も進出を行っており、ベトナムのSフォンの場合、基地局・交換機の設備は100%韓国製である。米国にあるSKテレコムの子会社ヘリオも、国内の通信設備会社30社の設備を使用している。 KTもウズベキスタン進出に当たり、国内通信設備会社との同伴進出を計画しているという[26]。
韓国が開発した携帯電話用インターネットワイブロの周波数帯(2.3ギガバイト)が、スイス・ジュネーブで開かれた世界無線通信会議で、第4世代移動通信システムに対応する世界共通の周波数帯の一つに選ばれた。これにより韓国の情報通信機器メーカーは今後、ワイブロ用の端末機など関連機器を輸出するに当たって、国内向けとは別個に国外向けを製造する必要がなくなった。 ワイブロは、韓国電子通信研究院とサムスン電子・KT・SKテレコムなどが共同開発した移動通信技術で、高速度で移動しながら大容量のデータをリアルタイムで送受信できるのが特徴である。
ワイブロは国際電気通信連合(ITU)の無線通信総会において、第3世代の移動通信技術として認められており今後の技術の向上を通じて第4世代の移動通信システムに対応していくことが期待されている。総会においては自国の3G標準であるTDS-CDMA技術が定着する前にモバイル・ワイマックスが3G標準として採択された場合、ワイブロがTDS-CDMAに取って代わってしまう可能性が高い点などを憂慮してきた中国が韓国のワイブロ技術の国際標準化を最後まで反対したものの、これを押し切り採用にこぎつけた。今回、ワイブロの周波数が第4世代移動通信システムに対応する世界共通の周波数帯の一つに選ばれたことで、韓国は第4世代の移動通信サービスを提供する場合でも、周波数帯を変更する必要がなくなる。第4世代移動通信の無線接続技術であるOFDMやMIMO技術をすでに採用しているため、第4世代の発展過程でも競争を有利に進めることができると期待されている。ワイブロの関連機器を生産するメーカーも、国内向けの製品をそのまま輸出できることになり、原価を節約できる効果も見込まれているようだ。[27][28] そのほかにも2008年には韓国主導で開発した次世代通信網技術4件が国際標準に採択されている[29]
国内ではブロードバンドが普及しており、インターネット放送や通信型ゲーム、サイワールド(Cyworld)などのソーシャル・ネットワーキング・サービスやオーマイニュース(OhmyNews)などの市民参加型インターネット新聞サイトなど多様なサービスを展開している。部分的には、IPマスカレードが法律で禁止されているため、ルーターをあまり使用せず、IPアドレスが不足するといった問題もある。これは電話会社との料金設定上の契約による。セキュリティに対する関心は高まっている[13]。一方では、全世界のスパムの約20%が韓国が発信元となっている(2005年10月現在:ウイルス対策会社ソフォスによる調査)など、全体としてのセキュリティ対策は十分とは言い難い現状もある。また、韓国国内ではネット上のマナーや倫理問題から、韓国内サイトでの発言は、匿名性を廃止し、個人名や国民番号を記載させる傾向にある。
第二次世界大戦以降、韓国の農業技術は向上した。韓国の農業関係者の努力と、日本の農業技術を導入したこと、等が要因である。 禹長春(ウ・ジャンチュン)博士の業績が知られている。
近年、韓国は医療・生命科学技術(バイオテクノロジー)を振興している。人間の細胞を用いたクローン技術をもつ国のひとつである。人間の細胞を用いることは倫理上の問題で研究が制限される傾向がある。2005年10月19日、韓国主導で、近代の医療技術により治療困難な重度の疾患をおった患者の細胞から胚性幹細胞(ES細胞)を作成して治療することを目的にした世界初の細胞バンク「世界幹細胞ハブ」(本部・ソウル大学)を立ち上げた[要出典]。世界幹細胞ハブについては、卵子採取に際して倫理的な問題があるとして米ピッツバーグ大学のジェラルド・シャッテン教授が黄禹錫教授の共同研究チームとの決別を表明し、卵子採取がどのようなルートで行われたか問題となった。黄教授は当初問題は無いとしていたが、その後になって倫理的に問題があったものと認めた。ただし、韓国政府は倫理性の問題については触れずに、制度上の違法性は無かったと判断している。論文自体捏造であることが知れ渡り始めたので、この項目が正しいかどうか判らない。2005年12月、同所長に就任していたソウル大学の黄禹錫教授が2004年の2月に米科学雑誌Scienceに発表した世界初のヒトクローン胚からのES細胞作製に関する論文に捏造の疑惑が浮上。捜査と再検証によりイヌクローン以外の論文は全て捏造だという結果となり、ソウル大学を免職処分、さらには詐欺、横領罪により起訴されるに至っている(事件の詳細は黄禹錫の項を参照)。また、産業としての裾野が無いため、むしろこの分野では遅れている。
朝鮮日報によると、韓国の生活家電事業が世界市場に急浮上しているという[14]。また、韓国メーカーは、新技術とデザインを施した製品を次々に発売し、家電市場の再復興をリードしていると評価されているという。
サムスン電子、LG電子、大宇エレクトロニクスなどの韓国メーカーは、欧州の2ドア冷蔵庫市場を席巻しているという。フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデンなどの主な市場における韓国メーカーの市場シェア率を合計すると、60‐80%に達している。韓国メーカーは2000年に欧米市場に参入した。欧州生まれのドラム洗濯機を北米市場で販売したのも、米国式2ドア冷蔵庫を欧州に初めて紹介したのも韓国メーカーであった。LG電子は現在、世界洗濯機市場(全体で7000万台前後)でシェア13%。ワールプール(18%)とエレクトロラックス(15%)に続き3位、エアコン市場で世界1位である。
韓国政府は、2003年8月に「経済自由地域の指定運営法」にもとづいて、仁川の永宗島、松島、青羅地区を経済自由区域に指定し、同年10月24日には釜山及び鎮海と光陽湾一帯に対しても同様の指定を行い、仁川・釜山及び鎮海・光陽湾による「3特区体制」を整備した。政府はこの3地域を「北東アジアのハブ(中心国家)構想(仁川は国際空港を中心とした金融・物流・国際業務センターとしての役割を担い、釜山及び鎮海(東南地域担当)と光陽湾(西南地域担当)は中国上海と競争する港湾物流・工業団地として育成する)」の拠点に据えるとの計画を発表した。
また、2006年からは、外国企業誘致の為、経済自由区域内では英語を公用化する必要性があるとして、公文書を英語で受付け、処理されるようになり、公文書や看板等には英語が併記される様になった。また、各経済自由区域の2ヵ所の小学校では、2008年から数学、科学などを英語で教える「英語没入教育」がテスト実施される事となり、経過を見極めて、2010年から徐々に拡大する計画を立てている。
他にも、外国企業誘致策の一環として、2006年3月より、松島地区において韓国では初めての公的教育機関としての外国人学校(対象は、韓国に住む外国人、仁川経済自由地域に進出する外国企業で働く外国人の子弟)となる松島国際学校の建設が進められ、完成すれば、幼稚園から高校までの13年課程の学校となる(永宗島と青羅地区にも、同様の外国人学区が建設される予定)。
詳細は韓国軍を参照。
大韓民国の国軍として韓国軍が運用されている。 大統領、国防部長官、合同参謀総長のもとに陸海空軍本部が所属する。
韓国軍の主たる対象は軍事境界線を挟んで対峙する北朝鮮であり、大半の戦力を向けている。朝鮮戦争以来の米韓同盟にてアメリカ軍と緊密な繋がりがあり、しばしば共同軍事演習を実施している。陸海空の三軍体制であり、大統領が三軍の最高司令官である。国防部長官は金章洙(2006年12月任命)、参謀長会議主席は金鐘煥大将(2003年4月任命)。現有総兵力は69万人、うち陸軍56万(徴収兵14万人を含む)、海軍6.8万人(海兵隊2万5000人及び徴収兵1万9000人を含む)、空軍6.3万人、予備役380万人である。但し協定により、平時の作戦統制権は韓国軍が単独行使するが、有事の際の戦時作戦統制権は米軍と共同行使する。
2004年国防予算は211億米ドルで、対前年比8%の増加、国内総生産 (GDP) の3.2%を占めた。 さらに在韓米軍3.7万人が駐在する。徴兵制と志願兵制を併用。国防予算は世界11位である。新鋭の兵器を配備している。
大韓民国はロシア連邦に対する債権を大量に保有しており、その償還のために軍事機材の供与を受けている。
詳細は大韓民国の国民を参照。
民族構成は、そのほとんどは韓民族(朝鮮民族)である。他にはごく少数ながら中国系住民(華僑・華人)も存在する。韓国に永住権をもつ外国人の大半は華人であるが、華人に対して排外的な風土と諸施策が影響し、過去数十万人いたが現在では数万人以下に減少している。外見的には日本人や他の東アジアの人々と区別が難しいが、顔は面長で目がやや小さい。
公用語はソウル方言の韓国語(朝鮮語)を話し、文字はハングルを用いる。「韓国語」とは外国向けの表現であり、彼ら自身では「国語」(ウリマル)と呼ぶ。最近ではハングルのみで読み書きするための教育を受けた世代が多くなり、古文書を扱う公務員や教育関係者など一部を除き、漢字を読むことができない国民が多い。最近は再び、学校での漢字教育も重視すべきとされているが、全般的に漢字表記は少ない。W杯を前後し、東アジアの漢字文化圏からの観光客への便宜及び同地域の国際交流推進を目的に、交通施設の標識などに漢字が増えてきている。
北朝鮮の公用語と韓国の標準語(ソウル方言をベースとしたもの)は、日本での標準語と関西弁以上の差があり、北朝鮮出身者はすぐに分かるといわれる。また、標準語と釜山・大邱方面の方言も、日本での標準語と関西弁程度の差があるほか、釜山・大邱方面と全州・光州方面の方言も、日本で言えば東北弁と九州弁程度の差はある。また済州島の方言は日本で言えば津軽弁や鹿児島弁に相当する難解な方言で、半島部の人は理解できないといわれている。
1961年から1987年までは、軍事政権による言論統制が続き、新聞業界の再編などが行われた。放送局は民放2局が公営の韓国放送公社 (KBS) に統合され、残った民放の韓国文化放送 (MBC) も65%の株式をKBSが保有した。1987年以降は言論の自由が一応は保障され、新聞社が増大した。しかし政府が報道内容に干渉することも多く、本格的な言論の自由は1998年以降である。最近もKBSとMBSは、日本の日本放送協会 (NHK) 以上に政府の影響力が強く、テレビ報道の内容は政府よりである。しかし民放のSBSもあり、ケーブルテレビ局の放送も増えている。
1990年代以降には地方自治選挙もあるが、それ以前の広域自治体の首長は政府の任命、基礎自治体の首長は知事や特別市長、直轄市長による任命であり、現在でも役人の権限が非常に強い役人社会である。また日本同様、晩婚化や少子化が問題となっており若年人口は減少傾向である。徴兵義務や就職難のため、優秀な若者は海外への脱出を目指す傾向も強く、貧困者も目立ち社会状況は厳しい。全ての男性には26ヶ月以上の兵役義務があるが、近視等の身体的問題や、その年度の予算不足のため免除や短縮勤務となる者もある。現実には政治家の息子や有名俳優、スポーツ選手など、軍幹部への働きかけにより徴兵逃れをしている者もいる。
冬の気候が寒く強風も多いため、南部を除き多くの大都市は海から離れたところに作られる。首都のソウルも平壌も海からは距離がある。地震は九州から伝わるものを除きほとんどなく、活火山も全く存在しない(済州島、鬱陵島は火山島だが活動していない)が、国土は山がちである。少数の温泉はある。地震がないため比較的安価に高層マンションが建設可能で、暖房設備の問題もあり最近では一戸建てよりも人気がある。2000年頃から高層マンションブームであり、不動産価格は高騰している。
1997年のアジア経済危機の後、韓国経済は大きな危機に直面し、大量倒産や失業と財閥解体が起こった。2000年頃には一時期、経済の立ち直りがあったものの、政府の不適切な金融政策のためクレジットカードを大量に発行した余波もあり、2003年頃には個人破産が急増し国内での信用不安が高まったため、金融恐慌状態となり、2005年以降も国内消費の低迷がある。大学卒業生は卒業後に数年間は就職できないことが現在でもごく普通であり、若年失業率が高い。このため国を離れて米国や日本の企業に就職する若者が多くなっており、頭脳流出が懸念されている。その一方、輸出産業は好調であり富裕層も多く不平等が拡大し、社会では「二極化」という言葉がよく使われるようになり、日本と同様、社会の不平等拡大が問題となり政府が批判されている。
詳細は韓国の地域対立を参照。
人口の85%は都市部に住んでいる。特に首都のソウル特別市には全人口の2割に当たる約1000万人が住んでいる。また一般に首都圏として扱われるソウル、仁川、京畿道の合計人口は全人口の半分近くにのぼり、非常に強い人口の一極集中がみられる。人々の方言や、価値観や意識は地域間の差が大きく、現在でも地域対立は強く選挙などへの影響も強い。これは伝統的なものとされる。
軍事政権時代は朴大統領の出身地である慶尚北道の大邱市や慶州周辺に多額の予算が投入される一方、光州市など全羅道は、予算配分でも就職など社会においても、様々な差別があったことも、地域対立の原因である。大邱地域と慶尚道の出身者はTKとよばれ社会のあるゆる面で優遇された。嶺南圏(ヨンナムコン)といわれる慶尚道と、湖南圏(ホナムコン)といわれる全羅道の、東西での対立感情は今でも強い。ただし、この地域対立がいつから発生したのかについては諸説あり、実際には詳細がわかっていない。
被差別階級はとくに目立たない(かつては白丁という被差別階級が存在した)。現在は職業差別はほとんどなくなっている。かつては職業差別は根強かった。とくに食堂や売店など人と接する職業は汚れているか身分の低いものとされていたため、日本のように老舗は少ない。この価値観のため、韓国の自営業は長くは続かないことが特徴であった。また歌手や俳優などは、もともと貴族に仕えるための職業で、ホステスや水商売に近いイメージがあり、親戚に歌手がいる場合、恥ずべきこととして隠すことが多かった。しかし現在では、そのような価値観も大幅に変化している。韓国の経済成長期は、大量の人口が農村部から都市部へ移り、女性も工場労働者として、長時間労働により経済発展を支えたのだが、女性が働くことも身分が低いこととして差別感が強い。最近では高学歴女性など積極的に働く人も多いが、女性の社会進出は遅れぎみであり伝統的な性別役割意識も強い。中国東北部(主に朝鮮族)や東南アジア、中央アジアなどからの外国人労働者が最近は増え、仁川広域市などには中華街もある。また、2006年の地方選挙では外国人参政権が認められた。一方で、韓国国会は2002年2月28日、永住外国人に選挙権を与えるのは「主権は国民にあり」という大韓民国憲法第1条に反すると決議した。
2005年に行われた韓国統計庁の社会統計調査によると韓国は総人口の約3割(新教;プロテスタントが約2割、旧教;カトリックが人口の約1割を占める)はクリスチャンであり、約2割は仏教徒である。古来中国の影響から仏教が重要な宗教であり、日本同様伝統信仰と仏教の融合もなされている。韓国のキリスト信者の比率は絶対信者数、人口に占める割合ともにフィリピンに続きアジアでは第2のキリスト教国家である。韓国の宗教人口はほぼ半数で、残りのほぼ半数は無宗教者で祖先崇拝や法事は熱心に行う。
(詳しくは韓国のキリスト教を参照)クリスチャンの多くはプロテスタントでとくに長老派やメソジスト派が多い。この教派は日韓合併の時から韓国の中で3・1運動の参加、神社参拝強要への拒否など反日本運動を続けてきた。李承晩初代大統領もメソジスト牧師出身である。プロテスタント信者の増加にはアメリカからの宣教師の影響も強かったが、朝鮮戦争後のキリスト教の急速な普及の背景には、日本と同様に経済成長期に多くの人口が都市部へ移動し、故郷を離れ孤独な人々が宗教組織に入ったという事実もあると言われる。
日本領時代の1930年代以来、キリスト教系の新宗教も数多く存在するが、一部の教派(統一協会等)については社会問題になっている。
初代大統領の李承晩が、プリンストン大学で博士号を取った人物ということもあって、アメリカの一流大学で博士号を取得する学生が尊ばれた。政府高官や大学教授などの高い地位が約束されていて、1970年代後半までは、新聞に顔写真と経歴が掲載される程だった。また、企業や奨学財団も、アメリカ留学を積極的に推し勧めた。そのため、厳しい受験競争を勝ち抜いたトップクラスの学生は、アメリカ留学へと向かった。1980年代以降は、博士号取得者が増加し、その数は1998年までで3万人に達するといわれている。今では単にアメリカで博士号を取ったぐらいでは、大学教員として迎え入れられることはなくなっているという。こうした人材が経済発展の礎となった。
詳細は大韓民国の教育、韓国における入学試験をそれぞれ参照。
日本同様の6-3-3-4制の学校制度を持つ。日本以上の学歴社会と言われる。
チョゴリないし韓服、キムチに代表される韓食、オンドルに代表される住居などに伝統文化が息づいている。韓国の伝統社会では、地理的な関係から中華文明の影響が大きかった。
人間関係における文化も急速な変容の最中だが、儒教の影響で宗族秩序などの影響は未だ色濃く残っている。上下関係に厳しく、現在でも目上の人の前での喫煙や、許可を得ないままの飲酒は礼儀違反とされている。親戚同士の結束は強く、6親等以内の親戚は助け合うべきだとされる。これをユックチョン(六寸)というが、現実に親戚づきあいは非常に多く、初対面の親戚でも就職や進学時の世話をすることは普通である。学校の同窓生等の結束も強いが、見知らぬ他人と広くつきあうことはあまり好まず、人間関係は日本と比べてもやや閉鎖的である。
日韓併合により、韓国という国は一度消滅した歴史があり、二度とそのようなことがないよう、韓国人にとって国の誇りや愛国心は非常に重要なものと教育されている。社交の場において遠慮はあまり歓迎されず、明確な主張を好む。また、お互いに迷惑をかけあい他人を思いやることが良しとされ、食事の際も割り勘という習慣はなく、目上の者や気分が良い者がすべて払うことがごく普通である。
大衆文化については、韓国の歌やドラマ・映画などが、東アジアや東南アジアで広く受け入れられ、日本では韓流と呼ばれ一時期ブームとなった。また韓国のインターネットは早くからブロードバンド化が進み、2000年に高速回線利用者が1千万人を突破した。インターネットテレビのストリーミング放送やミュージックビデオの無料閲覧が早くから実現するなど特色あるインターネット文化を構築している。
ブロードバンドを各家庭に引く形態に加え、街中にPC房(PCバン、インターネットカフェ)と呼ばれるネットに接続されたパーソナルコンピュータを安価に利用できる店が至る所で見られ、ブロードバンドの恩恵を手軽に享受することが出来る。
また、国内映画の上映割合を義務付けるスクリーンクウォーター(割当)制や国・地方自治体レベルでアニメーション産業を育成するなど様々な大衆文化保護育成策を実施している。
韓国国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が7件ある。詳細は、大韓民国の世界遺産を参照。
南北和解が進展するにともない、共産主義的な書籍の発行、共産主義的な言論を規制の対象としてきた「国家保安法」の改正が論議されているが、まだ同法は実行力をもっており、さまざまな規制と自主規制をもたらしている。 親日的な言論に対する法的な規制はないが、国内の反日感情により親日的な発言をした(と見なされる)人物は、自粛や弁解をする傾向にある。又、『親日派のための弁明』を書いた金完燮は猛烈な非難を国中から浴びた上に名誉毀損と外患煽動の容疑で告訴され一時逮捕され、『殴り殺される覚?書いた親日宣言』を書いた趙英男は番組降板の憂き目に遭うなど、親日的な発言を行なうことにより社会的制裁を受ける例が多い。またインターネットにおいては日本の朝鮮統治を肯定するなど親日的とみなされたサイトを閉鎖させるなどの措置を行っている。
また、国境なき記者団による世界報道自由ランキング2006において、168カ国中31位であった。(フランス35位、日本51位)2007年は169カ国中39位。(日本37位)
民主化運動に関わってきた人権派弁護士出身の盧武鉉政権が発足し、司法改革が行われている。国家保安法廃止案が国会に上程され、軍事政権時代の冤罪などの再調査が行われ、言論の自由、表現の自由は拡大された。
一方で、盧武鉉政権は親日派に対する追求も厳しく、反民族行為認定者の子孫の土地や財産を国が没収する事を可能にずる「日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法」及び「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」を制定し、適用がはじめている。朴正煕元大統領を親日派であったとしてその支持者や子孫を追求する動きもある。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 新正 | 「新暦(太陽暦)の元日」という意味 | |
| 12月30日 (旧暦) 1月1日 (旧暦) 1月2日 (旧暦) |
旧正月(ソルラル) | () | 旧正月、こちらの方が韓国で言う正月 |
| 3月1日 | 三一節 | 三・一独立運動が起こった日(1919年) | |
| 5月5日 | 子供の日 | 日本のこどもの日と同じ日 | |
| 4月8日 (旧暦) | 釈迦誕生日 | 日本の「花まつり」に相当 | |
| 6月6日 | 顕忠日 | 殉国者に敬意を払う日 | |
| 7月17日 | 制憲節 | 憲法記念日 | |
| 8月15日 | 光復節 | 日本統治からの解放を祝う日 | |
| 8月14日 (旧暦) 8月15日 (旧暦) 8月16日 (旧暦) |
秋夕(チュソク) | 韓国のお盆 | |
| 10月3日 | 開天節 | 開国記念日(檀君説話に基づく) | |
| 12月25日 | 聖誕節 | クリスマス |
韓国では、長い間「国民感情を害する」との名目により、日本の大衆文化が流入することを事実上禁止してきた(倭色を参照)。過去には日本映画、ドラマ、音楽などは公には禁止で、日本人アーティストが訪韓しても日本語で歌うことは許されなかった。例外として、ソウルオリンピックや大田エキスポなどの時には日本語の歌が公の場で披露されたことはあった。[15]
実際には、韓国民は限定的ながら日本の大衆文化に接してきた。釜山や日本海側沿岸部の一部では日本の地上波放送の電波が届くため、日本のテレビ放送の視聴が可能でありこれらを鑑賞する、あるいは書籍は規制の対象外であるため輸入書籍を購読する、大使館施設という治外法権により70年代から公に日本文化に触れることができた在韓日本大使館公報文化院を利用する、台湾からの輸入CDや海賊版を購入することなどがあった。また、韓国のドラマ、アニメ、音楽、漫画、ゲームなどで日本の作品が盗作されるケースがかなり多くみられた。盗作はこういった物だけでなく、菓子などの食品類に至っているケースがあり、日本のテレビ局が食品の盗作元に取材した所「たまたま似てしまっただけ」と答えている[16]。韓国司法による司法判断には日本側にとって不適切と考えられる例がいくつもみられた[17]。
韓国には大衆文化に限らず『日本で成功したものは必ず韓国でも成功する』という神話(ジンクス)があり[18]、そのことから、特に大衆文化の分野において、実に様々な日本の事物が直輸入され『韓国風』への改装を経て韓国の市場に放たれてきた。金大中政権によって『日本文化開放』が提案された折には、支持の理由として『実現されれば韓国の根深い日本剽窃問題がなくなるから好ましい』との意見を表明する韓国人も多かった[19]。
1998年に発足した金大中政権以降、日本の大衆文化開放が段階的に4回実施されている。現在では、インターネットの普及に伴い、韓国民は直に日本の大衆文化に触れられるようになった。韓国デジタル衛星放送・スカイライフや多くのケーブルテレビ局が、韓国の総代理店(スバルコリア)を通じて日本放送協会(NHK) に使用料を支払い、NHKワールドプレミアムの再送信を行っている。しかし、現在も著作権侵害と疑われる事例がでている。
また、歴史教科書問題に関連しての開放の延期、国内業界の保護のためと称する劇場用アニメーションの開放の延期、日本のバラエティ番組の地上波放送に対する規制、日本映画のCMですら地上波のCMで日本語を流せない、日本語歌謡をフルコーラス流せないなどのテレビ局側の自主規制などの、いくつかの制限は残っている。
日本においてはBoAなどが歌謡界で活躍するほか、韓国TVドラマ『冬のソナタ』がNHKで放送され、40〜50歳台の女性を中心として「韓流ブーム」が起きた。多くの韓国製のドラマや映画が放送、上映され、韓国芸能人がワイドショーや女性週刊誌などでたびたび取り上げられた。
2001年1月、駅のホームから転落した日本人男性を助けようとした2名が共に電車に轢かれて死亡した(新大久保駅乗客転落事故)。この2名のうち1名が韓国人留学生であった。この件を基にしたフィクション映画『あなたを忘れない』も製作された(しかし、この事件を取り上げるマスコミの報道姿勢や、映画の内容などが必要以上に韓国人を美化し、さらに同時になくなった日本人を事実上無視していたため、特にインターネット上で物議を醸した)。
2002年には日韓ワールドカップ=サッカーワールドカップが韓国と日本により共同開催され、日韓国民交流年として850件を超える交流行事が行われた。
近年は日本のアーティストのCDも正式に発売されるようになり、2005年8月には、日本のロックバンドのL'Arc〜en〜Cielが、公式に大規模なライブを行っている。
国交正常化40周年にあたる2005年には、小泉純一郎首相と盧武鉉大統領との合意の下に「日韓友情年2005」と題し、様々な文化交流行事が行われる予定であった。こうした日韓交流行事については韓国の一部の地方自治体が行事を中止もしくは延期するケースが出ている。しかし、韓国政府は政治は政治、文化交流は文化交流という方針を打ち出している。韓国側の行事は自主的に中止された。日本で行われる行事については、それほど影響を受けていない。
| 先代: 日本統治時代 | 朝鮮の歴史 1948年- | 次代: 現行 |
|
|
|
|---|---|
| 東アジア | 大韓民国 | 朝鮮民主主義人民共和国 | 中華人民共和国 | 日本 | モンゴル |
| 東南アジア | インドネシア | カンボジア | シンガポール | タイ | 東ティモール | フィリピン | ブルネイ | ベトナム | マレーシア | ミャンマー | ラオス |
| 南アジア | インド | スリランカ | ネパール | パキスタン | バングラデシュ | ブータン | モルディブ |
| 中央アジア | ウズベキスタン | カザフスタン | キルギス | タジキスタン | トルクメニスタン |
| 西アジア | アゼルバイジャン | アフガニスタン | アラブ首長国連邦 | アルメニア | イエメン | イスラエル | イラク | イラン | オマーン | カタール | キプロス | クウェート | グルジア | サウジアラビア | シリア | トルコ | バーレーン | ヨルダン | レバノン |
| その他 | アブハジア | 北キプロス | 中華民国(台湾) | ナゴルノ・カラバフ | パレスチナ | 南オセチア |
| 地域 | イギリス:アクロティリ・デケリア | オーストラリア:クリスマス島 - ココス (キーリング) 諸島 | 中華人民共和国:香港 - マカオ |
「その他」は国家の承認を得る国が少ない、または無い国、あるいは独立主張をしている国。国際連合非加盟。事実上独立した地域一覧も参照。
|
|
|
|
|---|
| オーストリア | ベルギー | カナダ | デンマーク | フランス | ドイツ | ギリシャ | アイスランド | アイルランド | イタリア | ルクセンブルク | オランダ | ノルウェー | ポルトガル | スペイン | スウェーデン | スイス | トルコ | イギリス | アメリカ合衆国 | 日本 | フィンランド | オーストラリア | ニュージーランド | メキシコ | チェコ | ハンガリー | ポーランド | 韓国 | スロバキア |