| (国旗) | (国章) |
| 公用語 | フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語 | ||||||||||||||||||||
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| 首都 | ルクセンブルク | ||||||||||||||||||||
| 最大の都市 | ルクセンブルク | ||||||||||||||||||||
元首
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| 独立 - 日付 |
オランダより 1867年5月11日 |
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| 通貨 | ユーロ () (EUR) | ||||||||||||||||||||
| 時間帯 | UTC (+1)(DST: +2) | ||||||||||||||||||||
| ccTLD | LU | ||||||||||||||||||||
| 国際電話番号 | 352 | ||||||||||||||||||||
ルクセンブルク大公国(ルクセンブルクたいこうこく)、通称ルクセンブルクは、西ヨーロッパの国。首都はルクセンブルク。ベネルクスといわれる小国のひとつ。隣接国は、南のフランス、西と北のベルギー、東のドイツである。
目次
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正式名称は、フランス語でGrand-Duché de Luxembourg(グランデュシェ・ドゥ・リュクサンブール)、ドイツ語でGroßherzogtum Luxemburg(グロースヘルツォークトゥム・ルクセンブルク)、ルクセンブルク語でGrousherzogdem Lëtzebuerg(グロウスヘルツォークトゥム・レツェブエシ)。
公式の英語表記は、Grand Duchy of Luxembourg(グランド・ダチィ・オブ・ラクセンバーグ)。通称、Luxembourg。
日本語で一般的な表記は、ルクセンブルク大公国。通称、ルクセンブルク。以前はルクセンブルグと表記されることも多かったが、現在はあまり使われない。フランス語に基づく リュクサンブール とも表記される。
西暦963年、ルクセンブルグ家の祖先であるアルデンヌのジーゲフロイド(Sigefroid)伯爵が、今日の首都の領土に城を築いたことに始まる。その当時、砦を “lucilinburhuc”(小さな城)と呼んでおり、それが変化してluxemburgとなった。1060年頃、ルクセンブルク家に伯爵位が与えられた。14世紀から15世紀にはルクセンブルク家から神聖ローマ皇帝やボヘミア王を出し、ハプスブルク家のライバルとなった。1354年、ルクセンブルク朝の皇帝カール4世によって伯領から公領へ昇格された。しかしルクセンブルク家はカール4世の息子の代で断絶し、ルクセンブルク公領は抵当に入れられた後、1461年にブルゴーニュ公国に併合された。
ハプスブルク家とフランスとの支配を受けた後、1815年、ウィーン会議の結果、ドイツ連邦に加盟し、オランダ王を大公とするルクセンブルク大公国となった。1839年、領土の西半分をベルギーに割譲(リュクサンブール州になる)、オランダともベルギーとも明確に分断されたこの時が、近代主権国家としてのルクセンブルク大公国の実質的な建国の始まりとなった。1867年、プロイセンとフランスの緩衝国として永世中立国となった。1890年、ナッサウ公アドルフがルクセンブルク大公となり、オランダとの同君連合を解消した。
第一次世界大戦と第二次世界大戦においては、ドイツ占領下に置かれた。1948年、ベネルクス間で関税同盟を結成。1949年にはNATOに加盟し永世中立を放棄した。1957年に欧州経済共同体、1967年に欧州連合、1999年にユーロ圏へといずれも原加盟国として参加している。
立憲君主制。国家元首は大公。現在では唯一の大公の位を有している。この大公は、世襲制。内閣とともに行政権を執行する。
議会は代議院による一院制。全60議席、任期5年。議員は、直接選挙で選出される。また、議会に対して助言をする国務院(コンセイユ・デタ)がある。メンバーは全21名で、首相の推薦に基づき、大公が任命する。
詳細はルクセンブルクの軍事参照
陸軍のみを有し、総兵力は4個中隊、約450名。空軍・海軍はない。北大西洋条約機構に加盟し、欧州合同軍にも兵力を提供している。

3つの広域行政区に分かれる。
広域行政区の下には12の県が、県の下には126の基礎自治体(Gemeng)があり、三層構造となっている。

国土は南北82km、東西57kmにわたって広がる。 神奈川県や佐賀県くらいの広さの国土に、人口は46万人強(神奈川県は約870万人、佐賀県は約87万人)。
国土の大部分には丘と低い山地が広がる。首都ルクセンブルクの標高は379m。最高地点は同国北端に近いクナイフの丘 (Kneiff, 560m)。
ローマ帝国時代から、街道が交わる重要拠点であった。北部はベルギーから続くアルデンヌ高原、南部はフランスから続くロレーヌ台地。東側のドイツとの国境は、モーゼル川が流れる。
ルクセンブルクの気候はケッペンの気候区分によると西岸海洋性気候に分類される。
首都ルクセンブルクの年平均気温は、1961年から2000年の30年平均値で8.6度。月別平均気温が最も低くなるのは1月(0.2度)、最も高くなるのは7月(17.2度)である。
年間降水量は847.7mm。図からも分かるように月別降水量の年間における変化に乏しい。最も降水量が少ないのは2月 (59.6mm)、最も多いのは11月 (79.3mm)である。どの月においても降水が観測された日が過半数を占める。
相対湿度が最も低くなるのは4月から6月にかけてであり、73%である。最も高い月は12月 (90%)。年平均値は81%。
ルクセンブルクの経済は世界でもトップレベルの豊かさを誇る。2006年における1人当たりの国内総生産や国民総所得といった指標は世界第1位と極めて高い水準にあり[1]、経済成長率も高いレベルを維持し続けている。
アルセロールに代表される鉄鋼業が1960年代より経済を牽引し、これが現在の経済大国ルクセンブルクの礎となる。オイルショック以後一時的な落ち込みを経験するが、鉄鋼業からの産業転換に成功し現在では金融サービス業・その他サービス業がGDPの約8割を占める。[1]。なかでもアルセロールは、鉄鋼企業としての売上高が世界一であるなど、特筆に価する企業であったが、2006年にインドのミタルスチールに買収された。
失業率は4.8%(2006年3月)。
一方で、ルクセンブルク内の大企業の殆どは貴族の流れを汲む富裕層の家族経営である。また、経済が好調なために諸外国からの経済難民を多く抱える。殆どの経済難民は不法労働者であり、ルクセンブルクの国籍(あるいは労働許可証)を取得することが出来ない。故に、統計上は貧困層とはみなされない(発覚した場合は国外追放される)。これら人々は、主にフランスの旧植民地(フランス語圏)から訪れるため、ルクセンブルク語で「フランス人の」を意味する言葉が隠語として使われている。
住民はケルト人、ゲルマン人などの混血が主である。外国人の割合は高く、3分の1程度である。主な外国人はポルトガル人、イタリア人、フランス人、ドイツ人である。
言語はフランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語の3つが公用語とされているが、法令などの公文書には主にフランス語が使われ、家庭内、友人間、地元に密着した店ではルクセンブルク語(母語)が使われる。また、言語学的にルクセンブルク語はドイツ語の一方言と言ってよいほどドイツ語に似ているため、テレビや映画などはドイツ語放送のほうが人気があるようである。またその他、街やレストランなどではポルトガル語やイタリア語などを耳にする機会も多い。
宗教はローマ・カトリックが87%、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教などが13%である。
ルクセンブルク国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が1件ある。ルクセンブルクは、もともと丘の上に築かれた城を中心に発展した小国だが、その城と市街が、「ルクセンブルク:その古い街並みと要塞群」として、1994年に登録された。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | ||
| 2月下旬 | カーニバルの月曜日 | ||
| 移動祝日 | 復活祭 | ||
| 移動祝日 | 復活祭後の月曜日 | 復活祭の翌日 | |
| 5月1日 | メーデー | ||
| 移動祝日 | 主の昇天 | 復活祭の40日後 | |
| 移動祝日 | 聖霊降臨 | 復活祭の50日後 | |
| 移動祝日 | 聖霊降臨後の月曜日 | 聖霊降臨祭の翌日 | |
| 6月23日 | 建国記念日 | ||
| 8月15日 | 聖母被昇天祭 | ||
| 移動祝日 | ルクセンブルク市・ケルメス祭の月曜日 | 8月 | |
| 11月1日 | 諸聖人の日 | ||
| 12月25日 | クリスマス | ||
| 12月26日 | ボクシングデー |
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| その他 | 沿ドニエストル | コソボ |
| 地域 | イギリス:ガーンジー島 - ジブラルタル - ジャージー島 - マン島 - アクロティリ・デケリア | デンマーク:フェロー諸島 | ノルウェー:スヴァールバル諸島 | フィンランド:オーランド諸島 |
バチカンは国際連合非加盟。「その他」は国家の承認を得る国が少ない、または無い国、あるいは独立主張をしている国。国際連合非加盟。事実上独立した地域一覧も参照。
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