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モザンビーク共和国についての情報


モザンビーク共和国 República de Moçambique
モザンビークの国旗 モザンビークの国章
(国旗) (国章)
国の標語 : なし 国歌 : 愛する祖国 モザンビークの位置
公用語 ポルトガル語
首都 マプト
最大の都市 マプト
元首
大統領 アルマンド・ゲブーザ
首相 ルイサ・ディオゴ
面積
総計 801,590km(35位)
水面積率 2.2%
人口
総計(2004年) 18,811,731人(54位)
人口密度 23人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 144兆9,392億メティカル
GDP(MER)
合計(2005年) 66億ドル(115位)
GDP(PPP)
合計(2003年) 212億3,000万ドル(101位)
1人当り 1,200ドル
独立
ポルトガルより 1975年6月25日
通貨 メティカル(MZM)
時間帯 UTC (+2)(DST: なし)
ccTLD MZ
国際電話番号 258
共産主義
共産主義のシンボル“鎚と鎌”

共産主義思想
マルクス主義 レーニン主義
スターリン主義 トロツキー主義
毛沢東思想 ユーロコミュニズム

国際組織
コミンテルン コミンフォルム
第四インターナショナル

主な社会主義国
ソ連 中国
ユーゴスラビア

人物
マルクス エンゲルス
レーニン トロツキー
スターリン 毛沢東

出来事
ロシア革命 大粛清
スターリン批判 ハンガリー動乱
中ソ対立 文化大革命
プラハの春 天安門事件
東欧革命 ソ連崩壊

 表・話・編・歴 

モザンビーク共和国(モザンビークきょうわこく)通称モザンビークは、アフリカ大陸南東部に位置する共和制国家である。南に南アフリカ共和国、南西にスワジランド、西にジンバブエ、北西にザンビア、マラウイ、北にタンザニアと国境を接する。首都はマプト。

旧ポルトガル植民地であり、ポルトガル語諸国共同体の加盟国である。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
    • 2.1 独立と内戦
  • 3 政治
  • 4 州
  • 5 地理
  • 6 経済
  • 7 国民
    • 7.1 言語
    • 7.2 宗教
    • 7.3 教育
  • 8 文化
    • 8.1 食文化
    • 8.2 音楽
    • 8.3 文学
    • 8.4 祝祭日
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク
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国名

正式名称は、ポルトガル語でRepública de Moçambique(IPA: /rpublik d musbik/ レプブリカ・デ・モサンビーク)。通称、Moçambique(モサンビーク)。

公式の英語表記は、Republic of Mozambique。通称、Mozambique(モザンビーク)。

日本語の表記は、モザンビーク共和国。通称、モザンビーク。国名はかつてポルトガル領東アフリカの首都が置かれたモザンビーク島に由来し、島の名前が全土を指す名前となった。独立後の1975年から1990年まではモザンビーク人民共和国だったが、1990年の憲法改正により現在のモザンビーク共和国となった。

歴史

詳細はモザンビークの歴史を参照

この領域での歴史は、11世紀から19世紀の部族連合国の王の称号からアラブ人の商人が通称した、モノモタパ王国にさかのぼる。アラブ商人と香辛料や象牙、金などの交易を行っており、中国の陶磁器やインドの綿製品も手に入れていた。

1498年にポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を越えてこの地に到達したのをきっかけに、16世紀初頭より、ポルトガルの植民が始まり、17世紀半ばにはポルトガルの植民地支配が確立し、ポルトガル領東アフリカの首都はモザンビーク島に置かれた。モザンビークからは遥か遠くのブラジルにまで黒人奴隷が連行された。

しかし19世紀に入りポルトガルの国力が疲弊してくると、イギリス・フランス資本のモザンビーク会社・ニアサ会社・サンベシア会社に開発の権利と司法権を除く自治権を与えた。このためポルトガルが旧宗主国であるにも関わらず、独立後にイギリス連邦の加盟国となっている。

その後第二次世界大戦後のアフリカ諸国のヨーロッパ諸国からの植民地からの独立の波に乗り、1964年9月に、モザンビーク解放戦線(FRELIMO)が武装闘争を開始し、約10年を経てポルトガル本国でのカーネーション革命がきっかけとなり、1975年6月25日に完全独立を果たした。

独立と内戦

独立後、FRELIMOは政党化し、一党支配によるマルクス主義路線を推進した。しかし、1982年、ポルトガル領時代の元秘密警察を母体とする反政府組織モザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)と政府軍による内戦が勃発。内戦が長期化する中で、1989年、政府は社会主義体制の放棄を決定、翌1990年、複数政党制と自由市場経済を規定した新憲法を制定した。そして、1992年に国連の和平協定により内戦が終結した。

1995年、イギリスとの経済的結びつきを深めるため、イギリス連邦に加盟。

政治

詳細はモザンビークの政治を参照

国家元首は、大統領。1994年以来、直接選挙で選出される。任期5年。

議会は、一院制。全250議席ですべて直接選挙によって選出される。任期5年。前回投票は、1999年12月3日から5日。政党別の獲得議席数は、以下の通り。

詳細はモザンビークの州を参照

モザンビークは、10の州(província,プロヴィンシア)、及び、州と同格の1つの市(cidade,シダーデ)に分かれる。北から順に、

地理

詳細はモザンビークの地理を参照

モザンビークの地図
モザンビークの地図

マダガスカル島とはモザンビーク海峡を挟んで向かい合う。気候は熱帯雨林気候とサバナ気候 に分かれるが、首都のマプトが位置する南部は冬季は平均気温が20度以下まで下がり、5月から9月までは比較的しのぎやすい。

経済

詳細はモザンビークの経済を参照

第一次産品の生産が主だが、鉄鉱石やマンガンなどの鉱産資源も多い。1980年代は内政の失敗に加え、内戦や旱魃などで経済は壊滅状態に陥った。内戦終結後も、1999年、2000年と続いて起きた大洪水などの自然災害などで経済は打撃を受けていたが、1990年代後半以降から経済が急速に発展しており、毎年6%ほどの経済成長を達成している。2003年に南アフリカ企業による陸上ガス田が生産開始し、南アと輸出用ガスパイプラインで結ばれるなど、同国からの投資が近年増えている。輸出は日本向けのエビが多い。

国民

詳細はモザンビークの国民を参照

マコンデ族、ショナ族などバントゥー系の黒人が大部分、他にマクア・ロムウェ族40%、白人12%

言語

公用語はポルトガル語。その他、バンツー諸語(シャンガーナ語、ニュングウェ語、チェワ語、ショナ語、マクワ語、ロームウェ語、マコンデ語等)やスワヒリ語も使われる。

宗教

カトリック20%、イスラム教10%、民族固有宗教

教育

文化

詳細はモザンビークの文化を参照

食文化

音楽

文学

祝祭日

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Dia da Fraternidade universal
2月3日 英雄の日 Dia dos Heróis Moçambicanos
4月7日 モザンビーク女性の日 Dia da Mulher Moçambicana
5月1日 メーデー Dia Internacional dos Trabalhadores
6月25日 独立記念日 Dia da Independência Nacional
9月7日 ルサカ協定記念日 Dia da Vitória
9月25日 国軍記念日 Dia das Forças Armadas de Libertação Nacional
10月19日 サモラ・マシェル誕生日 初代大統領
11月10日 マプト市民の日 マプトのみ
12月25日 ナショナル・ファミリー・デー/クリスマス Dia da Família

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
政府 日系機関 旅行 その他
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