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ボリビア共和国についての情報


ボリビア共和国 República de Bolivia(スペイン語)
Bulibiya Suyu(ケチュア語)
Buliwiya Mama Llaqta(アイマラ語)
ボリビアの国旗 ボリビアの国章
(国旗) (国章)
国の標語 : Morir antes que esclavos vivir
(スペイン語: 奴隷として生きる前に死ぬこと) 国歌 : ボリビアの国歌 ボリビアの位置
公用語 スペイン語、ケチュア語
アイマラ語、グアラニー語
首都 ラパス、スクレ
最大の都市 サンタ・クルス・デ・ラ・シエラ
元首
大統領 エボ・モラレス
首相 なし
面積
総計 1,098,580km(27位)
水面積率 1.3%
人口
総計(2005年) 8,857,870人(86位)
人口密度 8人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 713億ボリビアーノ (Bs)
GDP(MER)
合計(2005年) 97億ドル(101位)
GDP(PPP)
合計(2005年) 258億9200万ドル(103位)
1人当り 3,049ドル
独立 スペインより
1825年8月6日
通貨 ボリビアーノ (Bs)(BOB)
時間帯 UTC -4(DST: なし)
ccTLD BO
国際電話番号 591
註1 : ラパスは、立法府・行政府の所在地。スクレは、憲法上の首都であり、司法府(最高裁判所)の所在地。

ボリビア共和国(ボリビアきょうわこく)、通称ボリビアは、南アメリカの共和制国家。国の面積はアメリカ大陸では8番目に、世界的には27番目に大きい国である。かつてはもっと大きかったが、周辺国との戦争に負け続けたために現在では最大時の半分ほどになってしまった。北と東をブラジル、南をアルゼンチン、南東をパラグアイ、南西をチリ、北西をペルーに囲まれた内陸国である。憲法上の首都はスクレだが、国会をはじめとした政府主要機関はラパスにある。

ラテンアメリカでも最も開発の遅れた国の一つで、かつて「黄金の玉座に座る乞食」と形容されたほど豊かな天然資源を持つが貧しい国であり、現在もその構図は変わっていない。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
    • 2.1 先コロンブス期の発展
    • 2.2 スペイン人による征服
    • 2.3 解放戦争から独立まで
    • 2.4 独立から混沌へ
    • 2.5 内陸国化と相次ぐ敗戦
    • 2.6 チャコ戦争後の不安定化
    • 2.7 ボリビア革命とその挫折
    • 2.8 ゲバラの戦死から現在まで
  • 3 政治
  • 4 地方行政区画
  • 5 地理
  • 6 軍事
  • 7 経済・産業
    • 7.1 鉱業
    • 7.2 農業
    • 7.3 農地改革
    • 7.4 観光
  • 8 国民
  • 9 社会福祉
    • 9.1 年金
  • 10 文化
    • 10.1 音楽
    • 10.2 食文化
    • 10.3 文学
    • 10.4 世界遺産
    • 10.5 世界無形遺産
    • 10.6 祝祭日
  • 11 関連項目
  • 12 外部リンク
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国名

公用語による正式名称は、スペイン語で、República de Bolivia(レプブリカ・デ・ボリビア)。公式のケチュア語表記はBulibiya Suyu, 公式のアイマラ語表記はBuliwyaである。通称は、Bolivia。

公式の英語表記は、Republic of Bolivia(リパブリック・オブ・ボリヴィア)。通称は、Boliviaとなっている。

日本語の表記は、ボリビア共和国。通称は、ボリビア。英語のカタカナ表記を使ってボリヴィアとも表記されることがあるが、現地公用語であるスペイン語の発音では b と v の区別が基本的には存在しないので、日本語表記ではボリビアと表記するほうが正確である。公式ではないが、漢字表記としては「暮利比亜」「保里備屋」「玻里非」「波力斐」などが使われる。漢字一文字の略称では「暮国」が使われる事が多い。

独立前はアルト・ペルー(上ペルー、高地ペルー)と呼ばれていたが、独立に際してラテンアメリカの解放者として知られるシモン・ボリバル将軍と、アントニオ・ホセ・デ・スクレ将軍に解放されたことを称えて、国名をボリビア、首都名をスクレ(旧チャルカス)と定めた。

歴史

ティワナク文明の遺産
ティワナク文明の遺産
2,000年以上昔のインカマチャイの壁画
2,000年以上昔のインカマチャイの壁画

先コロンブス期の発展

スペイン人による征服

解放戦争から独立まで

初代ボリビア大統領にして「解放者」、シモン・ボリバル
初代ボリビア大統領にして「解放者」、シモン・ボリバル

独立から混沌へ

第2代大統領にして「アヤクーチョ大元帥」アントニオ・ホセ・デ・スクレ
第2代大統領にして「アヤクーチョ大元帥」
アントニオ・ホセ・デ・スクレ
ペルー・ボリビア連合の領域
ペルー・ボリビア連合の領域

内陸国化と相次ぐ敗戦

ボリビアの領域の変遷。戦争により広大な領土が近隣諸国に併合された
ボリビアの領域の変遷。戦争により広大な領土が近隣諸国に併合された

チャコ戦争後の不安定化

ボリビア革命とその挫折

ゲバラの戦死から現在まで

南米革命の英雄チェ・ゲバラの記念碑。イゲラにて
南米革命の英雄チェ・ゲバラの記念碑。イゲラにて

政治

国家元首である大統領は、行政府の長として実権を有する。任期5年。選挙は、大統領候補と副大統領候補がそれぞれペアとなり立候補し、国民は直接選挙により数組の中から1組を選出する。大統領が死亡や辞任により欠ける場合は、副大統領が大統領に昇格し、残りの任期を務める。首相職はなく、副大統領が閣議を主宰する。

建国以来政治的に非常に不安定なため、クーデターが起こりやすい政治文化があり、過去百回以上のクーデターが起きている。

議会は、両院制。上院は全27議席で、比例代表制選挙により選出される。代議院(下院)は、全130議席で、そのうち68議席は選挙区から選出、62議席は比例代表制で選出される。両院とも議員の任期は5年で、同日選挙である。前回投票は、2005年12月18日に行われ、政党別の獲得議席数は、以下の通り。

ボリビアの歴代大統領の一覧は、ボリビアの大統領を参照。

2006年7月2日、制憲議会選挙が行われた。定数は255議席。与党・社会主義運動(MAS)が137議席を確保した。第2党は、野党中道右派・民主社会勢力(PODEMOS)で60議席を占めた。同時に実施された地方自治権の拡充の賛否を問う国民投票では、与党の主張が半数を占める。新憲法草案は、1年以内に3分の2以上の賛成で提案され、国民投票に付される。

ボリビアの181周年独立記念日の2006年8月6日に、制憲議会の開会式が行われた。同議会発足を祝って、36の先住民による約3万人のパレードも実施された。

就任2年目になるエボ・モラレス大統領は、2007年1月22日、国会で年次報告を行い、新憲法を制定する重要性を改めて強調した。新憲法には、水を含む資源主権や先住民の権利確立、教育行政に対する国の責任などが盛り込まれる予定である。制憲議会は昨年発足したが、議事運営方法、地方自治、首都制定等を巡って与野党や地方間の対立が続いている。なお、与党・社会主義運動党が定数255のうち142議席を占めている。

地方行政区画

詳細はボリビアの地方行政区画を参照

ボリビアの県の一覧

ボリビアには、9つの県(departomentos)が設けられている。カッコ内は、県庁所在地。

地理

ボリビアの高山
Vista de La Cordillera Central desde la Isla del Sol
山名 標高(m)
ネバダ・サハマ 6.542
イリャンプ 6.421
イリマニ 6.462
アンコウマ 6.380
チェアロコ 6.127
ポメラペ 6.240
チャチャコマニ 6.074
パリナコタ 6.362
ワイナ・ポトシ 6.088
アコタンゴ 6.052
アカマラチ 6.046
チャウピ・オルコ 6.040
ウツルンク 6.008

太平洋戦争による敗戦以来内陸国となったボリビアの地理は大きく3つに分けられる。

一つは国土面積の約29%に及ぶティティカカ湖から国土を南に貫くアンデス山脈の地域で、標高3000m以上の年中寒冷な気候を持つ。ラパス市・オルロ市にかけて標高4000mくらいの広大な平らな土地が広がり、この地域はアルティプラーノと呼ばれる。アンデス地域にはオクシデンタル山脈とオリエンタル山脈の二つの山脈がある。

国土の北東側から東側は国土の約62%を占めるアマゾンの熱帯地域であり、リャノ (llano)またはオリエンテ (oriente)と呼ばれる。リャノはさらに、熱帯雨林(いわゆるジャングル)が広がる北側と、乾燥しているグラン・チャコ地方(パラグアイ国境近く)とに分かれる。また、サンタクルス県の東部にはチキタノ山塊が存在する。

国土の約9%を占めるコチャバンバ県やラパス県ユンガス地方などの、アンデス地帯とアマゾン地帯の中間に位置する場所はバジェ (valle) 地域と呼ばれ、温暖で果樹栽培などに適した気候である。バジェ地域はまた、インディヘナ農民によるコカの栽培も盛んである。 ユンガスは標高3300mから2500mの高地ユンガス、2500mから1500mの中央ユンガス、1500mから600mの低地ユンガスに分類される。


ボリビアはかつて太平洋に面する海岸線も領土に保有していたが、1884年に太平洋戦争で敗れ、 バルパライソ条約と、1904年の正式な講和によりそれを全て失った。ボリビアでは3月23日を「海の日 (día del mar)」として「海を取り戻そうキャンペーン」をおこなっている。

ボリビアの海運での輸出入貨物はチリの港で陸揚げされている。 チリの港にはボリビアが管理する保税上屋(TRANSIT SHED)と呼ばれるタックス・ヘイブンがあり、ここからチリの通関を行わないままボリビア国境へ運ばれ、ここで初めてボリビアの税関が通関を行う。

軍事

陸軍、空軍、海軍(水軍とも呼ばれる)を保有しおり、12ヶ月の徴兵制が敷かれている。 ボリビアは領土に海岸線をもたないが、“海軍”(Armadaとは艦隊の意味で、水上艦艇戦力を指し示す言葉なので海軍と訳すのがおかしいだけという意見もある)は大西洋やティティカカ湖で演習を行う他、河川が国境となっている北部・東部のブラジルやパラグアイでの国境付近で国境警備の任務に就いている。海に面していないのに海軍をもっている国には他にパラグアイやオーストリアなどがある。

経済・産業

観光地にもなっているグラシアール湖
観光地にもなっているグラシアール湖
ユンガス地方の山道
ユンガス地方の山道

アンデス共同体、南米共同体に加盟し、メルコスールの準加盟国でもある。

国家統計局の発表によるボリビアの経済指標は以下の通り。(いずれも2003年の値)

国内総生産(GDP) 7,856 百万ドル
同国民一人当たり 870 ドル
経済成長率(前年比) 2.45%
公的為替レート(対ドル) 7.67 Bs/$us
輸出額 1,650.7 百万ドル
輸入額 1,684.6 百万ドル
国内所得 8,085.4 百万ボリビアーノス

鉱業

植民地時代から19世紀末までは金と銀が、20世紀以降は錫がボリビア経済の主軸であった。 石油の輸出も盛んであり、1930年代に東部で油田が発見されたことがチャコ戦争の一因ともなった。 2001年に世界最大規模の天然ガス田が発見され、ボリビア経済再生の頼み綱となっている。

農業

1952年のボリビア革命以来、サンタクルスを中心とした東部の低地地帯で開墾、農業開発が進み、近年大豆、サトウキビ、綿花、コーヒー、バナナなどの大規模な輸出用農業が盛んになっており、また北部の熱帯地域ではカカオなどが産出する。一方で、西部のアルティプラーノではインカ帝国以来の零細小農業やコカ栽培などが行われている。

農地改革

観光

主な観光地としてはティワナクの遺跡や、ティティカカ湖、ウユニ塩原、ポトシの鉱山、チェ・ゲバラの戦死したイゲラなどがあり、南米諸国の中でも特に物価が低いため、ヨーロッパやアメリカ合衆国、日本、韓国といった先進国に加えて、南米諸国からもアルゼンチン、ブラジル、チリなどから多くの観光客がボリビアを訪れている。また、アンデス山脈の高山が各国から登山家を引き寄せている。

国民

民族衣装を着るラパスの少女
民族衣装を着るラパスの少女
ボリビア人の年齢ピラミッド (2005年)
ボリビア人の年齢ピラミッド (2005年)
1961年から 2003年までのボリビアの人口増のグラフ
1961年から 2003年までのボリビアの人口増のグラフ

国家統計局 (INE : Instituto Nacional de Estadistica) が発表している2001年の国勢調査(Censo Nacional)の結果によると、人口は8,274,325人、うち女性4,150,475 人、男性4,123,850人。 都市部の人口は5,165,230人、地方の人口は3,109,095人。 人口密度は7.56人/Km2。

ユニセフの発表によると、5歳以下で死亡する子供の比率は77/1,000。1歳以下で死亡する子供の比率は60/1,000。 平均寿命は女性64歳、男性61歳、合計63歳。

民族構成はケチュア族が約30%、メスティーソが約30%、アイマラ族が約25%、ヨーロッパ系が約15%、アフリカ系ボリビア人が約0.5%であると見られるが、正式な統計は取られていない。 先住民としては南東部のチャコ地方にはグアラニー族も若干居住しており、数を示すとケチュア人が250万人、アイマラ人が200万人、チキタノ人が18万人、グアラニー人が12万5000人程になる。

メスティーソのうち、伝統的な衣装を身に着けている女性はチョリータと呼ばれる。彼女らの格好はボリビアを特徴づける習俗となっている。

クリオーリョの出身地としては植民地時代からのスペイン人が最も多いが、ドイツ人、アメリカ合衆国人、イタリア人、バスク人、クロアチア人、ロシア人、ポーランド人なども存在している。 全人口の0.5%程であるアフリカ系ボリビア人は元々ブラジルに奴隷としてやってきた人々が移住してきたのが始まりであり、ラパス県の南北ユンガスに最も多い。

言語はスペイン語、ケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が公用語である。田舎ではケチュア語、アイマラ語、グアラニー語が用いられているが、スペイン語を全く解さない人は近年少なくなってきている。都市部ではスペイン語以外の言葉を話せない人の方が多い。

信仰の自由を認めたうえでローマ・カトリックを国教に定めている。国民の95%がローマ・カトリックを信仰しているが、近年プロテスタント・福音派が勢力を増している。東部にはメノニータも入植している。

1900年代に日本人移住者が当時起きていたアマゾンのゴム景気に引き寄せられ、ゴム労働者として北部アマゾン地域のリベラルタやトリニダに移住した。 1954年からは主に沖縄県や九州からの移住者がサンタクルス州に移住し、オキナワ移住地やサンフアン・デ・ヤパカニ移住区を開拓した。

社会福祉

年金

2008年2月1日、昨年の11月に成立した新年金法が実施され、無年金者への「尊厳ある年金」の支給が始まった。この政策は、資源主権の確立を通じて様々な社会政策を実施しているベネズエラや無年金救済制度をつくったアルゼンチンなどの経験に学んだものである。財政的裏付けは、天然ガス国有化による国家収入の増大である。60歳以上の無年金者は年2,400ボリビアーノス(約35,500円、最低賃金の4.6か月分)、何らかの国の年金を既に受けている人は1,800ボリビアーノスが支給される。約70万人が受給する見通しである。

文化

伝統的なコカ茶。高地で生きるボリビア人にとってコカは必需品である
伝統的なコカ茶。高地で生きるボリビア人にとってコカは必需品である
クリスト・デ・ラ・コンコルディア、コチャバンバ市にある南米最大の救世主像
クリスト・デ・ラ・コンコルディア、コチャバンバ市にある南米最大の救世主像

プレ・インカ期やインカ帝国の文明圏ではケチュアがアイマラを支配する形で一体化は進み、スペイン統治下のペルー副王領やリオ・デ・ラ・プラタ副王領の勢力圏などでもアルト・ペルーと呼ばれ、ペルーとボリビアはほぼひとまとまりの地域として扱われてきたため、現在でも両国は文化的に近い関係にある。

例えば、アンデス地方を特徴づける文化として世界的に有名なのはフォルクローレであるが、その曲調、使用する楽器などはボリビアとペルーでほぼ同じであり、これはアルゼンチン北西部とも共通する。また、スペイン統治時代に広まった伝統的な衣装を着続けるチョリータと呼ばれる女性たちも、両国に共通する特徴的な習俗である。

アンデス地域とアマゾン地域はその気候の大きな違いや町の起こりの経緯の違いにより、互いに文化的な差異を感じているようである。アンデス地方の町の多くはインカ帝国時代の集落がペルー副王領時代に町として興されたものであるのに対し、アマゾン地域の町は植民地時代にはパラグアイ方面から開拓されていったものが多いが、スペイン当局にはほとんど手をつけられず、グラン・チャコ地方の領有問題なども放置されていた。東部の主要都市サンタクルスが開発されたのも第二次世界大戦前後からである。 俗語では、アンデス地域またはそこに住む人々はコージャと呼ばれ、アマゾン地域またはそこに住む人々はカンバと呼ばれる。

音楽

ボリビアの音楽は土着の音楽が発達したアウトクトナ音楽と、ヨーロッパから持ち込まれた音楽を基盤に都市で発達クリオージャ音楽に大きく分けられるが、どちらもフォルクローレと呼ばれる。

ボリビア全体がフォルクローレの里と呼ばれるが、特にオルロとポトシが有名である。オルロでは年に一度、世界遺産にも指定されているカルナバル(カーニバル)が行なわれるが、これはクスコ、リオ・デ・ジャネイロと並んで南米三大祭りの一つといわれる。主なリズムとしてはワイニョ、クエッカ(クエッカ・ボリビアーナ)、バイレシートなど。『我が祖国ボリビア』というクエッカの曲は第2国歌と呼ばれている。 また、ペルーやチリなど周辺国のフォルクローレにも使われるチャランゴはボリビア起源の楽器である。

ポトシやその近くのチュキサカの田舎町などには、スペイン侵略以前の習俗を色濃く残しているものと思われる、特異な歌や踊りをいまでも見ることができる。ノルテ・ポトシのプトゥクンという歌や、タラブコの祭りなどがその例である。

また、ポピュラー音楽の世界ではクリオージャ音楽とアウトクナ音楽は相互に影響し合い、従来のフォルクローレとロックやジャズのクロスオーバーも盛んである。コロンビア生まれのクンビアも広く聴かれている。

食文化

食文化としては、パン・ジャガイモ・トウモロコシを主食とし、副食として主に牛肉・鶏肉を食べる。豚肉は高級な食材とされる。クイと呼ばれる天竺鼠の一種も食用としている。暖かい地方ではユカイモ(キャッサバ)やパパイヤ・マンゴーなども食べる。

朝には道ばたでパンを売る姿がよく見られ、高地ではサルテーニャが、低地ではクニャペがよく売られている。

第二次世界大戦前後にドイツなどから逃れてきた人たち(戦前はユダヤ人、戦後はナチスの残党)がビールを広めた結果、ラパスでは「パセーニャ (Paceña)」、オルロでは「ウァリ (Huari)」、コチャバンバでは「タキーニャ (Taquiña)」、サンタクルスでは「ドゥカル (Ducal)」など、それぞれの都市を代表するビールの銘柄がある。

ビール以外の酒類としては、スペイン侵略以前から飲まれているチチャという発酵酒や、ブドウを蒸留して作ったシンガニや、中米から輸入したロン (Ron)(ラム酒)などが飲まれる。 ボリビア人のチチャにかける情熱は強く、チチャを侮辱したイギリスの公使が、暴君メルガレホによりロバの背中に裸にしてくくりつけられ、スクレの市中を引き回しにされた事件がある。

文学

ボリビア文学はインカ帝国時代の先住民の口承文学に根を持ち、植民地期にもバルトロメ・アルサンス、パソス・カンキ、フアン・ワルパリマチなどの作家がいた。19世紀の独立後ロマン主義の時代にはマリア・ホセファ・ムヒア、リカルド・ホセ・ブスタマンテ、アデラ・サムディオなどがいる。20世紀初めになるとアルシデス・アルゲダスの『ワタ・ワラ』や、『青銅の種族』により、インディオの困窮や教会の腐敗を告発したインディヘニスモ文学が始められた。この頃の作家にはオスカル・セムートやガブリエル・レネ・モレーノなどがいる。

現在活躍する作家としては、日系人のペドロ・シモセとエドムンド・パス・ソルダンが特に有名である。

世界遺産

ボリビア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が5件、自然遺産が1件ある。詳細は、ボリビアの世界遺産を参照。

世界無形遺産

ボリビア国内の世界無形遺産。

祝祭日

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Año Nuevo -
移動祝日 謝肉祭(カーニバル) Carnaval 2005年は2月7日-8日
移動祝日 聖金曜日 Viernes Santo 2005年は3月25日
5月1日 労働者の日(メーデー) Día del Trabajo -
移動祝日 聖体の祝日 Corpus Cristi 2005年は6月9日。
聖霊降臨節の10日後の木曜日。
8月6日 独立記念日 Aniversario Patrio -
11月1日 諸聖人の日 Todos Los Santos -
12月25日 クリスマス Navidad -
2月10日 オルロ県の日 Aniversarios Cívicos de Oruro オルロ県のみ
4月15日 タリハ県の日 Aniversarios Cívicos de Tarija タリハ県のみ
5月25日 チュキサカ県の日 Aniversarios Cívicos de Chuquisaca チュキサカ県のみ
7月16日 ラパス県の日 Aniversarios Cívicos de La Paz ラパス県のみ
9月14日 コチャバンバ県の日 Aniversarios Cívicos de Cochabamba コチャバンバ県のみ
9月24日 サンタクルス県の日 Aniversarios Cívicos de Santa Cruz サンタクルス県のみ
10月1日 パンド県の日 Aniversarios Cívicos de Pando パンド県のみ
11月10日 ポトシ県の日 Aniversarios Cívicos de Potosi ポトシ県のみ
11月18日 ベニ県の日 Aniversarios Cívicos de Beni ベニ県のみ

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
政府 日系機関 旅行


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