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ベラルーシ共和国についての情報


ベラルーシ共和国 Рэспубліка Беларусь
ベラルーシの国旗 ベラルーシの国章
(国旗) (国章)
国の標語 : なし 国歌 : 我等、ベラルーシ人 ベラルーシの位置
公用語 ベラルーシ語, ロシア語
首都 ミンスク
最大の都市 ミンスク
元首
大統領 アレクサンドル・ルカシェンコ
首相 セルゲイ・シドルスキー
面積
総計 207,600km(83位)
水面積率 極僅か
人口
総計(2004年) 10,310,520人(78位)
人口密度 50人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 59兆7,830億ベラルーシ・ルーブル
GDP(MER)
合計(2005年) 270億ドル(68位)
GDP(PPP)
合計(2003年) 619億1,000万ドル(62位)
1人当り 6,000ドル
独立
 - 宣言
 - 承認
ソビエト連邦より
1990年7月27日
1991年8月25日
通貨 ベラルーシ・ルーブル(BYR)
時間帯 UTC +2(DST: +3)
ccTLD BY
国際電話番号 375

ベラルーシ共和国(ベラルーシきょうわこく)、通称ベラルーシは、東ヨーロッパの国。ロシア、ウクライナ、ポーランド、リトアニア、ラトビアと国境を接する。首都はミンスク。旧ソビエト連邦から独立した。国際連合(国連)にはソ連時代からソ連とは別枠で加盟していた。


目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
  • 3 政治
  • 4 地方行政区分と都市
  • 5 地理
  • 6 経済
    • 6.1 貿易
  • 7 国民
  • 8 文化
  • 9 出身者
  • 10 関連項目
  • 11 脚注
  • 12 外部リンク
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国名

正式名称はベラルーシ語で、Рэспубліка Беларусь(ラテン文字表記は、Respubliki Belarus')。

公式の英語表記は、Republic of Belarus(リパブリック・オブ・ベラルース)。通称、Belarus。

日本語の表記は、ベラルーシ共和国。通称、ベラルーシ。

少なくとも16世紀にはこの地は「ベラ(白)ルーシ」と呼ばれていた。この「白」の意味するところについては定かでない。このあたりに極めて白い肌をした人々の国があるとかつて考えられていたことに由来する[1]、方角を色で表わすルーシの習慣(白は西を示す)に由来する、などの諸説がある。

17世紀にロシア帝国の支配下に入るとベロルシア(ロシア語:Белоруссия ビラルースィヤ)と名付けられ、日本語でもこれを訳した白ロシアの名で長らく定着していた(この場合の「ロシア」は「ロシア」のことではなく「ルーシ」の意味)。ソ連崩壊直後の1991年9月15日に正式な国号をベラルーシ語を尊重した「ベラルーシ」に定め、各言語でもこの語を用いるように要請している。ロシア語でもБеларусь(ビラルースィ)の名称が使用されるようになっている。

歴史

6-8世紀にスラブ民族が移住開始。

9世紀のキエフ・ルーシの一部だったポロツク公国がベラルーシの始まりとされる。バルト海と黒海を結ぶ通商路として繁栄した。

10-11世紀にポロツク公国は版図を拡大し、 キエフ・ルーシやノヴゴロド公国と争った。南部には10世紀末にトゥーロフ公国が成立。一時、モンゴルに征服される。

12世紀から13世紀前半には、10前後の公国が存在し、ベラルーシ人の民族意識が高まり、団結しドイツ騎士団やモンゴル帝国と戦った。

1569年にはこれらの公国はポーランド・リトアニア連合の成立とともにその領土となり、1795年までの三度に渡るポーランド分割によりロシア帝国に併合されるまで続いた。

1917年にロシア革命が起こり、そして第一次世界大戦の間占領していたドイツ軍の占領が終わった後、1918年には史上初の独立国となるベラルーシ人民共和国が樹立される。しかしこの政権は短命に終わり、1919年には白ロシア・ソビエト社会主義共和国が成立し、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦に加盟する。この頃に起こったポーランド・ソビエト戦争の結果成立したリガ条約により西半分がポーランドに割譲された。

1939年9月の第二次世界大戦の勃発により、ソ連軍はポーランドに侵攻。ポーランド東半分の占領と共に、リガ条約により割譲されていた領土を白ロシアに編入した。1941年から、ナチス・ドイツに占領されていたが、1944年にソ連に復帰する。

1986年4月26日、南のウクライナでチェルノブイリ原発事故が発生し、放射性物質が国境を越え、南東部のホミェリ(ゴメリ)州を中心とする地域に大きな被害が及んだ。特に、外で遊んでいた子供たちへの被害は甚大で、その3人に1人が甲状腺癌に侵された。(チェルノブイリ原子力発電所を参照)

1990年7月27日に独立宣言(主権宣言)を行い、1991年8月25日に独立が承認された。同年の12月8日にはベラルーシのベロヴェーシの森で、ロシアのボリス・エリツィン、ウクライナのレオニード・クラフチュク、ベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチの三者の間でソビエト連邦の解体を宣言、独立国家共同体 (CIS) 創設に関する協定が締結された。9月15日には国名が白ロシアから正式にベラルーシ共和国となった。

1991-1995年の国旗(ルカシェンコ政権によりソ連時代の旗を基本にしたデザインに変更)(ベラルーシの国旗も参照)
1991-1995年の国旗
(ルカシェンコ政権によりソ連時代の旗を基本にしたデザインに変更)
(ベラルーシの国旗も参照)

1994年に実施された大統領選挙では、ロシア連邦との統合を目指すなどの選挙公約を打ち出したアレクサンドル・ルカシェンコが当選した。ルカシェンコ大統領は、1999年12月8日に、ロシア連邦のボリス・エリツィン大統領(当時)との間に、将来の両国の政治・経済・軍事などの各分野においての統合を目指すロシア・ベラルーシ連邦国家創設条約に調印した。しかし、その後、プーチンがロシア連邦の新大統領として就任し、ベラルーシのロシアへの事実上の吸収合併を示唆する発言を繰り返すようになると、ルカシェンコ大統領は、ベラルーシをロシアに吸収合併する形での両国の統合構想に反発するようになり、両国の統合は、事実上、停滞している。とはいえ、南隣のウクライナがロシアよりも欧米諸国との関係を緊密化しているのに比べると、ベラルーシの親ロシアぶりは明らかであるといえる。

政治

詳細はベラルーシの政治を参照

ベラルーシは三権分立の共和制の国であるが、1996年に憲法が改正され、行政の中心である大統領(任期5年)に非常に強い権限が与えられている。2004年に行われた国民投票により、憲法の大統領職の三選禁止規定が削除された。

ベラルーシの議会は二院制で、上院に相当する共和国院(Совет Республики, Sovet Respublik 定員64名)と、下院に相当する代表者院(Палата представителей, Palata Predstavitelei 定員110名)からなる。議員は、共和国院は国内の6つの州とミンスク市の議会から8名ずつ選出、残り8名を大統領が指名する。代表者院は小選挙区制により選出され、任期は4年である。

アメリカなどの自由主義諸国との関係は良好ではなく(アメリカがベラルーシに経済制裁を科したため、2008年5月にアメリカとの国交を事実上断絶した)、イラン、ベネズエラなどの反米・左派諸国との関係が深い。隣国であるロシアとの関係も深く、ロシアとの統合を目指している。ベラルーシはアメリカの大統領であるジョージ・ウォーカー・ブッシュが定義した「悪の枢軸」の中の一国である。(「悪の枢軸」は当初はイラク、イラン、北朝鮮だったが、その後拡大している)1994年以降、アレクサンドル・ルカシェンコが変わらず大統領の座に就いており、独裁国家との批判を欧米諸国から受けている。

地方行政区分と都市

詳細はベラルーシの地方行政区画、ベラルーシの都市の一覧を参照

都市;

地理

ベラルーシの地図

ベラルーシは内陸国で、国土の大部分が低地であり、最高点のジェルジンスカヤ丘陵でも海抜345mである。最低点はネマン川の海抜90mである。国土の20%を占めるなど湿原が豊富で、南部に最大の湿原であるポレーシエ湿地がある。約1万1000もの湖があり、それを突き通すように、北部を通るダウガバ川、西部を通るネマン川、東部を通るドニエプル川とその支流であるプリピャチ川、ベレジナ川、ソジ川などの主要河川がある。気候はおおむね温暖で湿度が高いが、東部は冷涼で、大陸性気候の特徴が見られる。

ベラルーシの主な天然資源は森林で、国土の45.3%もの面積を占めている。その他に泥炭、花崗岩、泥灰岩、チョークと、少量の石油と天然ガスが採れる。

経済

詳細はベラルーシの経済を参照

ルカシェンコ大統領は1995年に、「社会主義市場経済」を導入した。この政策は、無条件な市場経済化は拒み、漸進的に市場原理を導入するというものである。統制価格の導入や、民間企業への政府の干渉を強化するなどの、社会主義的政策を採ることにより製造業の保護に努める傍ら、ロシアとの間に関税同盟を結成するなどの経済統合政策を採り経済成長を実現させた。しかし経済は1998年8月に起こったロシア財政危機に伴い1998年から1999年の2年連続で悪化し、激しいインフレや生産の低下に見舞われた。2000年1月1日にはデノミネーションが実施された。その後はロシア経済の急速な回復に支えられ順調に回復している。しかし、対露経済統合はロシア側に政治、経済的に大きく左右される事、ベラルーシ側に大幅な貿易赤字をもたらすなど問題があり、近年はロシアに自国の産業が脅かされるとの警戒感から、統合政策は事実上停滞している。ただ、当分の間ベラルーシは西欧型の市場経済からは離れ続けると見られる。

ベラルーシの鉱業は、原油、天然ガス、ソリゴルスクで採掘される岩塩(カリ塩 KCl)に限定されている。原油だけは自国内の消費量の数割をまかなうことが可能である。農業では、麦類の生産に向く気象条件から世界第4位(150万トン、2002年)のライ麦を筆頭に、大麦、えん麦の生産が盛ん。春小麦の栽培も見られる。工芸作物としては世界第5位(3万2000トン)である亜麻の生産が際立つ。工業は繊維業、化学工業(肥料)が盛ん。羊皮の生産量は世界第4位(8万トン)であり、カリ塩の採掘に支えられたカリ肥料の生産は世界第3位(369万トン)となっている。硝酸の生産量は世界第8位(88万トン)。

貿易

2002年時点では輸入90億ドルに対し、輸出は81億ドルであり、わずかに入超である。主な輸入品は原油、機械類、鉄鉱。輸入相手国は、ロシア、ドイツ、ウクライナである。ロシアとの取引が65%を占める。主な輸出品は、石油製品、自動車、機械類であり、輸出相手国はロシア、ラトビア、イギリスである。輸出ではロシアの占める割合は50%にとどまる。日本との貿易では、乳製品を輸出(全体の44%)し、無線通信機器を輸入(全体の35%)している。

国民

住民はベラルーシ人が81.2%、ロシア人が11.4%、その他ポーランド人、ウクライナ人が7.4%、ユダヤ人が0.3%である(1999年)。

言語はベラルーシ語とロシア語である。1995年の国民投票により、ベラルーシ語に加えてロシア語が正式に公用語に格上げされた。ミンスクでは殆どの住民がロシア語を日常的に使用する。

宗教は東方正教会が80%である。その他ローマ・カトリック、プロテスタントなどが信仰されている(1997年推計)。

文化

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日
1月7日 正教会のクリスマス ユリウス暦の12月25日。
3月8日 国際女性デー
移動祝日 カトリックの復活祭 日付は復活祭参照。
5月1日 メーデー
移動祝日 正教会の復活大祭 日付は復活祭参照。
5月9日 勝利の日
7月3日 独立記念日
11月7日 十月革命の日
12月25日 カトリックのクリスマス

出身者

関連項目

脚注

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  • ^ Why is the Russia White?
  • 外部リンク

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