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パキスタン・イスラム共和国についての情報


パキスタン・イスラム共和国
パキスタンの国旗 パキスタンの国章
(国旗) (国章)
国の標語 :
ラテン文字転写: īmān, ittihād, nazm
(ウルドゥー語: 信頼、統一、規律) 国歌 : 神聖なる大地に祝福あれ パキスタンの位置
公用語 ウルドゥー語(国語)
英語(公用語)
首都 イスラーマーバード
最大の都市 カラチ
元首
大統領 パルヴェーズ・ムシャラフ
首相 ユースフ・ラザー・ギーラーニー
面積
総計 803,940km(34位)
水面積率 3.1%
人口
総計(2004年) 159,196,336人(6位)
人口密度 198人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 5兆5,662億パキスタン・ルピー
GDP(MER)
合計(2005年) 902億ドル(51位)
GDP(PPP)
合計(2003年) 3,177億ドル(26位)
1人当り 2,100ドル
独立
 - 日付
イギリスより
1947年8月14日
通貨 パキスタン・ルピー(PKR)
時間帯 UTC (+5)(DST: なし)
ccTLD PK
国際電話番号 92

パキスタン・イスラム共和国(パキスタンイスラムきょうわこく)、通称パキスタンは、南アジアの国。東はインド、北東は中華人民共和国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に面する。国土の中心部を流れるインダス川の流域に国民の80%以上が住み、人口の増加が著しい国の一つである。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
  • 3 政治
    • 3.1 国内政治
    • 3.2 外交政策
  • 4 地方行政区分
    • 4.1 主要都市
  • 5 地理
  • 6 経済
  • 7 国民
    • 7.1 人口
    • 7.2 人口密度
    • 7.3 民族構成
    • 7.4 宗教
    • 7.5 言語
  • 8 文化
  • 9 その他
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク
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国名

正式名称は、 (ウルドゥー語。ラテン文字転写(一例)は、Islami Jamahuria Pakistan。イスラーミー・ジャムフーリーヤ・パーキスターン)。

公式の英語表記は、Islamic Republic of Pakistan。通称は、Pakistan。

日本語の表記は、パキスタン・イスラム共和国。通称は、パキスタン。

国名の「パキスタン」は、ペルシア語起源の言葉で「清浄な国」を意味するパーキスターン( Pākistān)に由来するとともに、パキスタンを構成する五大地域であるパンジャーブのP、北西辺境州に住むアフガーン人のA、カシミールのK、シンドのS、バローチスターンのTANを表す。パキスタンの名は、英領インドの独立運動の中でムハンマド・アリー・ジンナーらが提唱したムスリム(イスラム教徒)多数地域の分離独立要求において、将来樹立されるべき国家の名として採用され、1947年の独立とともに正式な国名となった。

歴史

詳細はパキスタンの歴史を参照。

政治

国内政治

連邦共和制(4つの州と連邦首都イスラーマーバード及び連邦直轄地から成る連邦国家)。

インドとの対立関係もあり、伝統的に軍部の力が強い。独立以来クーデターが繰り返され、政局は常に不安定である。現在のパルヴェーズ・ムシャラフ大統領も、1999年の無血クーデターでナワーズ・シャリーフ首相(当時)から実権を掌握し、2001年の民政移管でそのまま大統領に横滑りした人物である。

対照的に政党の力は弱い。パキスタン人民党の初代党首だったズルフィカール・アリー・ブットーは大統領や首相を歴任した後にムハンマド・ズィヤー・ウル・ハクのクーデターにより職を追われ、後に処刑された。その娘のベーナズィール・ブットー(2007年12月27日に暗殺)は1988年にイスラム諸国初の女性首相となったがやはりクーデターで解任され、復帰した後も汚職や不正蓄財を理由に職を追われている。米国の支援を受けて2007年11月に帰国するも同年12月27日、演説終了後会場にて暗殺された。 現在はムシャラフ大統領の支援を受けたパキスタン・ムスリム連盟カーイデ・アーザム派が議会内第一党であるが、その影響力は限られている。

地方においては部族制社会の伝統が根強く、その慣習法が国法を上回り中央政府による統制がほとんど効かない状態になっている。特に連邦直轄部族地域にその傾向が著しく、アフガニスタンとの国境地域にオサマ・ビンラディンなどのアル・カーイダ主要メンバーが潜伏しているという米国などの指摘の根拠となっている。

また、南西部のバローチスターン州ではイギリス植民地時代からの独立運動が根強い。

このような中央政府の弱さが、2005年10月8日に発生したパキスタン地震における大きな被害の発生と、救援体制の弱さによる二次被害の拡大につながったとされる。

2006年8月現在イギリス軍は4500名の軍隊を派遣して麻薬組織やアル・カーイダと同列の組織をあぶりだす作戦を展開中。

2007年11月、軍参謀長でもあるムシャラフ大統領が、自身の地位を巡って最高裁と対立、軍を動員して全土に非常事態宣言と戒厳令を発令。事実上のクーデター。ムシャラフ氏は、11月28日に陸軍参謀総長を辞職して、29日に文民として大統領に就任し、11月に発令した非常事態宣言を12月16日に解除するとテレビを通じて発表した。また、2008年1月8日に、現憲法下で「自由で透明性のある方法」で総選挙を実施すると公約した。

2008年2月18日、パキスタン下院・4州議会議員選挙が行われた。登録有権者は8,091万人。下院定数342のうち、女性60、非イスラム教徒10が留保される。342から留保の70を除いた272議席が直接投票で選挙区制の一般選挙区で選出され、70の留保議席が各党に割りあたえられる。与党パキスタン・ムスリム連盟(PML)と野党パキスタン人民党(PPP)、パキスタン・ムスリム連盟シャリーフ派(PML-N)の3党が中心に議席を争っている。因みに、上院は100議席で、州議会議員等による間接選挙で選出される。総選挙の結果は、第1党はパキスタン人民党(PPP)、第2党はパキスタン・ムスリム連盟シャリーフ派(PML-N)、次は与党であったムスリム連盟(PML)である。他にムッタヒダ民族運動(MQM)、アワーミー民族党(ANP)などがある。

外交政策

独立以来、アメリカとの協力・同盟関係を維持しながら、カシミール問題で激しく争うインドに対抗するのがパキスタンの一貫した外交政策である。インドに対抗して、カーン博士の指導のもと、1998年には地下核実験を実施し、ミサイル発射実験などを行った。インドと共に核保有国の一つである。

東隣の大国インドとは北東部のカシミール地方の所属を巡って争っている。1948年以来3度の全面戦争を経験し、特に1971年の第3次印パ戦争では大敗した。その結果、独立運動に呼応したインド軍の侵攻を受けた東パキスタンをバングラデシュとして失うことになった。その後もインドとの間では常に緊張関係が続き、軍事境界線で南北に分断されたカシミールでは両国軍の間で死者を伴う散発的な衝突が日常化していたが、ムシャラフ政権は南アジア地域協力連合を通じた緊張緩和に努めており、その成果は徐々に現れてきている。

パキスタンは独立以来、アメリカ合衆国の軍事支援を受け入れている。アメリカにとっては非同盟主義のインドと友好関係が深いソビエト連邦への対抗上、またイスラーム革命を起こしてアメリカと激しく対立するイランの封じ込め策として、パキスタンは重要な支援対象国家である。パキスタン側もこの点は承知しており、クーデターなどで政権交代が起こっても親米路線は堅持されている。1990年、東西冷戦の終結が唱えられる中、アメリカのジョージ・ブッシュ(父)政権はパキスタンによる核開発疑惑を理由に軍事援助を停止したが、1996年にはビル・クリントン政権によって再開されている。

また、中華人民共和国との関係も深い。中国とはインドへの対抗で利害が一致しており、パキスタンはミサイル技術供与などの軍事援助などを受け、核兵器開発についても支援が指摘されている。また、北部地域と中国の新疆ウイグル自治区との間はカラコルム・ハイウェイで結ばれており、トラック輸送による国境貿易が行われている。

国内でのイスラム原理主義運動を抑え込む一方、アフガニスタンに関しては1979年に始まったソビエト連邦の侵攻で反政府ゲリラのムジャーヒディーンを助け、厳格な原理主義のターリバーンを発足から政権樹立まで強力に支援した。しかし、ターリバーンがかくまうアルカーイダがアメリカ同時多発テロ事件を起こした事から始まった2001年のアメリカのアフガニスタン侵攻ではムシャラフ政権がアメリカ支持を表明し、ジョージ・ブッシュ(子)政権からF-16戦闘機供与を含む巨額の軍事・経済援助を受けた。これに対し、イスラム原理主義者をはじめ、イスラム教徒に対するキリスト教国の攻撃に反感を持つ多くの国民から不満が増大し、パキスタン国内では多くの抗議行動が起こった。

日本との関係は1958年の外交関係樹立以来おおむね良好で、2002年にはムシャラフ大統領が来日した。2005年4月には小泉純一郎首相が日本の首相として5年ぶりにパキスタンを訪問し、核実験以来停止されていた有償資金援助が開始された。ただし、同年10月のパキスタン地震では、首都イスラーマーバードのアパート崩壊により国際協力機構(JICA)の日本人技術者が息子と共に死亡する事故も起こっている。

また、貿易収支は日本側の大幅な黒字であり、日本からの投資はインドと比較するとかなり少ない。これは不安定な政治とインフレ経済が嫌われたものである。

地方行政区分

4つの州と、2つの連邦直轄地区に分かれる。

連邦直轄地区

その他、カシミール地方におけるパキスタンの実効支配領域は、2つの行政区に分かれる。

主要都市

人口100万人以上の都市が7都市ある。人口順では、カラチ(933万9000人、1998年)、ラホール(514万3000人)、ファイサラバード(200万9000人)、ラワルピンディ(141万人)、ムルターン(119万7000人)など。首都イスラマバード(52万9000人)は人口順では10番目に位置する。

地理

経済

主要産業は、農業や綿工業。特にパンジャーブ地方で小麦の生産が盛んで世界生産量第4位である。

通貨はパキスタン・ルピー。(1ルピー=100パイサ、硬貨の種類は5パイサ、10パイサ、25パイサ、50パイサ、1ルピーの5種類、紙幣は、2ルピー、5ルピー、10ルピー、20ルピー、50ルピー、100ルピー、500ルピー、1000ルピーの7種類。)

国民

人口

2005年に1億6千万人を超えた。2003年以降の人口増加が顕著なのは、戦闘が続く隣国アフガニスタン他からの移民が急増した為と見られる。その数は累計で凡そ600万人と言われる。また出生率も高く、国連の推計では2050年には約3億5千万人にまで増加し、インドネシア(約2億9千万人)を抜き米国に次ぐ世界第4位の人口大国になる。近隣のバングラデシュの予想人口約2億5千万人と併せただけで6億人を超える見込み。

人口密度

182人/平方キロメートル(2001年)、145人/平方キロメートル(1991年)

民族構成

パンジャーブ人56%(60%とも)、パシュトゥーン人16%(13%とも)、シンド人13%、 バローチー人4%など

宗教

イスラム教97%(国教)、ヒンドゥー教1.5% 、キリスト教1.3%、ゾロアスター教0.2%など、ほかにアニミストも存在している。

言語

ウルドゥー語(国語)、英語(公用語)、パンジャーブ語、シンディー語など。現行の1973年憲法251条はパキスタンの国語をウルドゥー語としており、1988年までに英語に代えてウルドゥー語を公用語化することになっていたが、2004年現在も実現にいたっていない。同時にウルドゥー語が公用語化されるまでは英語を公用語とする旨規定している。憲法を始めとする全ての法令や、公文書は英語で書かれている。政府の公式ウェブサイトは英語でだけ書かれている。全ての高等教育機関が英語を教授用語としている。ただ、ほとんどの初等中等教育はウルドゥー語で行われているため、英語を自由に操るパキスタン国民はあまり多くない。母語を異にするもの同士が会話する時は、ウルドゥー語を用いることが多い。ウルドゥー語を母語にするパキスタン人は全人口の一割以下である。

文化

著名な遺跡として世界遺産になっているモヘンジョ・ダロ遺跡とクシャーナ朝時代に繁栄したタキシラの都市遺跡がある。ほかにインダス文明の遺跡として標式遺跡となったハラッパー遺跡がある。

古典音楽は北インドと同じヒンドゥースターニー音楽。イスラム神秘主義の宗教歌謡カッワーリー(qawwali)の大歌手ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンは、パンジャーブ地方で生まれている。

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
3月23日 共和国記念日 1940年3月23日、ムスリム連盟ラホール大会でのパキスタン決議を記念
5月1日 メーデー
8月14日 独立記念日 1947年8月14日、パキスタンの英国からの独立を記念
9月6日 国防記念日 1965年9月6日、第二次印パ戦争開戦
9月11日 ムハンマド・アリー・ジンナーの命日 1948年9月11日死去
11月9日 詩人・哲学者ムハンマド・イクバールの誕生日(1930年に初めてインドにおけるイスラム国家樹立を主張) 1877年11月9日誕生
12月25日 クリスマス、建国の父ジンナーの誕生日 1876年12月25日誕生
以下はヒジュラ暦(イスラムの太陰暦)に従う祝祭日
ムハッラム10日 アーシューラー イマーム・フサインの殉教
ラビーウ=ル=アウワル12日 マウリド・アン=ナビー 預言者ムハンマドの生誕祭
ラマダーン21日 イマーム・アリーの殉教
ラマダーンの最後の金曜日
ラマダーン最終十夜 天命の夜
シャウワール1日 イード・アル=フィトル 断食明けの祭り
ズー=ル=ヒッジャ10日 イード・アル=アドハー 息子を進んで犠牲にしようとしたイブラーヒーム(アブラハム)を記念

その他

〒106-0047 東京都港区南麻布2-1-18 南麻布2丁目ビル

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

ウィキニュース
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