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バーレーン王国についての情報


バーレーン王国
バーレーンの国旗 バーレーンの国章
(国旗) 国章
国の標語 : なし 国歌 : Bahrainona (我らのバーレーン) バーレーンの位置
公用語 アラビア語
首都 マナーマ
最大の都市 マナーマ
元首
国王 シェイク・ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファ
首相 シェイク・ハリーファ・ビン・サルマン・アール・ハリーファ
面積
総計 665km(177位)
水面積率 極僅か
人口
総計(2004年) 677,886人(158位)
人口密度 1,019人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 44億バーレーンディナール
GDP(MER)
合計(2005年) 117億ドル(97位)
GDP(PPP)
合計(2003年) 113億8,000万ドル(125位)
1人当り 17,100ドル
独立
 - 日付
イギリスより
1971年8月15日
通貨 バーレーンディナール(BHD)
時間帯 UTC +3(DST: なし)
ccTLD BH
国際電話番号 973

バーレーン (Bahrain) は、正式名称バーレーン王国で中東・西アジアの国。首都はマナーマ。ペルシア湾のバーレーン島を主島とした大小33の島から成る島国である。

バーレーン島北部にはオアシスがあり、そこからエデンの園はバーレーンにあったのではないかと言う人もいる。

1994年以後、国民の大多数を占めるシーア派による暴動が激化し、2001年2月に行われた国民投票によって首長独裁体制から湾岸地域初の立憲君主制へ移行した。


目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
  • 3 地理
  • 4 地方行政区分
  • 5 政治
    • 5.1 立憲君主制
    • 5.2 外交
  • 6 軍事
  • 7 経済
  • 8 交通
  • 9 国民
  • 10 言語
  • 11 宗教
    • 11.1 宗教的規制
  • 12 文化
    • 12.1 女性の社会進出
    • 12.2 スポーツ
  • 13 関連項目
  • 14 脚注
  • 15 外部リンク
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国名

正式名称は、 (アラビア語: ラテン文字転写 Mamlakat al Bahrayn)、通称、Al Bahrayn。

公式の英語表記は、Kingdom of Bahrain。通称、Bahrain。

日本語の表記は、バーレーン王国。通称、バーレーン。バハレーン、バハレインと書かれることもある。

国名にはアラビア語で「二つの海」という意味があり、島に湧く淡水と島を囲む海水を表すとされている。2002年、バーレーン国(State of Bahrain)から現在の名称に変更した。

歴史

地理

バーレーンの地図
バーレーンの地図
地方行政区分
地方行政区分

サウジアラビアの東、ペルシャ湾内にある群島。国土の大半が砂漠と石灰岩に覆われている。

ケッペンの気候区分は砂漠気候(BW)。

サウジアラビアとは「キング・ファハド・コーズウエイ」という全長約24kmの橋によって結ばれている。

地方行政区分

詳細はバーレーンの行政区画を参照

バーレーンは5つの県に分けられている。

  • 首都県
  • 中部県
  • ムハラク県
  • 北部県
  • 南部県
  • 2003年7月3日までは12の行政区に分けられていた。

    政治

    立憲君主制

    かつては絶対君主制で、「クウェートより危うい国」とされていたが、湾岸戦争以後、民主化を求める国民による暴動が絶えず、現首長(国王)・シェイク・ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファの下で次々と民主化を実行し、2002年より立憲君主制を採用。二院制の議会を設置し、内閣には首長によって任命される首相を置き、男女平等参政権や司法権の独立など中東には珍しい体制を整えている。ただし、政党活動は禁止されている。

    外交

    外交面では中東地域の国々やイギリス、フランス、日本、アメリカを始め、多くの国と良好な関係を築いているが、カタールとハワール諸島に関しての領土問題がある。イラクと関係が悪かったこともあり、湾岸戦争時にミサイルで狙われたこともある。

    軍事

    軍事面では湾岸戦争後、アメリカと防衛協定を結び、アメリカ軍が駐留しており、南部の約25%がアメリカ軍基地となっている。

    経済

    バーレーンの首都、マナーマ
    バーレーンの首都、マナーマ

    隣国サウジアラビアとは橋一本で結ばれているため、経済的な結びつきが強い。中東で最も早く石油採掘を行った国で、GDPの約30%は石油関連事業によるものであり、その恩賞で国民には所得税が皆無であるが、1970年ごろから石油が枯渇し始め、このままいくと、あと20年余りで完全に枯渇するという問題に直面している。

    しかし、世界最大の産油国サウジアラビアの隣国でありペルシャ湾の入口にあるという地理的特性を活かし、中東のビジネスの拠点、金融センターを目指してインフラ整備を進め、石油精製やアルミ精製、貿易、観光などの新規事業も積極的に展開し、多国籍企業を始めとした外国資本が多数進出している。

    観光にも力を入れており、現在は豊かな国の一つとして数えられているが、失業率が15%超(政府発表値約6.6%:2003年)とGDPと比べて高い。

    交通

    国営航空会社のガルフエアがアジアやヨーロッパ、アフリカ、オセアニア諸国に乗り入れている他、世界各国の航空会社がバーレーン国際空港に乗り入れている。日本から行く場合は香港やバンコク、ドバイなどで乗り換えていくのが一般的である。

    国民

    住民はアラブ人が7割ほどを占めている(バーレーン人が63%、その他のアラブ人が10%)。その他にイラン人が8%、アジア人(印僑など)が19%などとなっている。

    言語

    言語は公用語がアラビア語で、他に英語、ペルシア語、ウルドゥー語などが使われる。

    宗教

    宗教は、イスラム教が100%。シーア派が75%、スンナ派が25%である。

    宗教的規制

    イスラム教国でありながら、全世界からのビジネスマンや観光客が来る為にアルコールが自由に飲めるなど宗教的規制が緩やかであり、週末になると酒を求めて周辺のムスリムが集まって盛り上がっている。また、女性の顔や姿を隠す必要もなくTシャツでも自由に過ごせたりとイスラム教に関するタブーも少ない。

    文化

    バーレーンの観光
    バーレーンの観光
    バーレーンGP
    バーレーンGP

    女性の社会進出

    女性の政治的社会進出も他の湾岸諸国に比べて進んでおり、就業率は23.5%(2001年)、大学進学率は11.8%(2001年、男子は13.2%)と高い水準を誇る[1]。

    またサビーカ王妃がアラブ女性連合最高評議会の議長を務めるほか、第61回国連総会議長のハヤ・アール・ハリーファ氏、同国初の女性閣僚となったナダー・ハッファーダ博士など政府の要職に女性が就くことも珍しくない。

    スポーツ

    スポーツで最も人気なのはサッカーであり、2006 FIFAワールドカップのアジア最終予選を抜けようと努力し、ホームのバーレーンのスタジアムではバーレーン国がチケットを買い上げ、それをバーレーンの市民に無料に配布してホームの試合を盛り上げるなどした。

    またマナマ近郊にサーキットを建設し、F1開催の誘致に成功、2004年からバーレーンGPを開催している。

    祝祭日
    日付 日本語表記 現地語表記 備考
    5月1日、2日 メーデー
    12月16日、17日 バーレーン国祭日
    12月19日 アラファト・デー
    1月 イスラム暦新年 イスラム暦による移動祝日
    1月 アシューラ祭 イスラム暦による移動祝日
    3月 モハメッド生誕祭 イスラム暦による移動祝日
    10月 ラマダン明け祭 イスラム暦による移動祝日
    12月 犠牲祭 イスラム暦による移動祝日

    関連項目

    脚注

  • ^ バーレーン王国大使館HPより
  • 外部リンク

    ウィキメディア・コモンズ
    政府 日系機関 旅行

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