| (国旗) | 国章 |
| 公用語 | ノルウェー語 (ブークモールとニーノシュク) | ||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 首都 | オスロ | ||||||||||||||||||||
| 最大の都市 | オスロ | ||||||||||||||||||||
元首
|
|||||||||||||||||||||
| 独立 - 宣言 - 承認 |
スウェーデンより分離 1905年 6月7日 1905年10月26日 |
||||||||||||||||||||
| 通貨 | ノルウェー・クローネ(NOK) | ||||||||||||||||||||
| 時間帯 | UTC +1(DST: +2) | ||||||||||||||||||||
| ccTLD | NO | ||||||||||||||||||||
| 国際電話番号 | 47 | ||||||||||||||||||||
ノルウェー王国(ノルウェーおうこく)、通称ノルウェー(諾威)は、スカンディナヴィア半島の西岸にある北ヨーロッパの国家である。
東にスウェーデン、ロシア、フィンランドと国境を接する。国土は南北に細長く、海岸線は北大西洋の複数の海域、すなわちスカゲラック海峡、北海、ノルウェー海およびバレンツ海に面している。海岸線には、多くのフィヨルドが発達する。
このほか、ノルウェー本土から約1,000km離れた北大西洋上のヤン・マイエン島は固有の領土の一部として領有され、また、スヴァールバル条約によりバレンツ海のスヴァールバル諸島を領有している。南大西洋にブーベ島を属領として持つ。
さらに南極大陸のクイーン・モード・ランドおよび南太平洋のペーター1世島の領有を主張しているが、両者は南極条約により領有権は凍結されている。ノルウェーとロシアの間でバレンツ海における領海の境界線の合意が得られていないことにより、当面の間両国によって共管される、グローソネンと呼ばれる海域がある。
面積は日本より若干広く、スヴァールバル諸島などを含めて約384,269kmとなる。
目次
|
正式名称は、ノルウェー語のブークモール (bokmål) では、Kongeriket Norge、ニーノシュク (nynorsk) では、Kongeriket Noreg。
日本語による表記は、ノルウェー王国。通称は、ノルウェー。漢字では、諾威と表記し、諾と略す。英語による表記は"Kingdom of Norway"。通称Norway(ノーウェイ)。
詳細はノルウェーの歴史を参照
考古学上の発見の示すところによると、ノルウェーには約12,000年前には人が住んでいた。彼らはおそらくもっと南の地域、ドイツ北部からやって来て、海岸線に沿ってさらに北上したと考えられている。
9世紀から11世紀までのヴァイキング時代が国家形成の統一運動及び拡大の元となった。黒死病などによりノルウェー王家が1387年に途絶えデンマーク配下となり、1450年より条約により従属化され、1536年には正式に独立を失った。デンマークがナポレオン1世側に付いた後の1814年にスウェーデンに引き渡された。ノルウェー人はこの時、独立を願ったが、列強の反対により実現できなかった。1818年にスウェーデンでは、ベルナドッテ朝が始まり、スウェーデン王国との同君連合が開始された。
20世紀初頭、ノルウェー=スウェーデンの連合を解消し、オスロに政府を設立しようと言う運動が高まり、1905年にノルウェー側からデンマークのカール王子に打診があった。その後、国民投票により君主国家を設立、国会は満場一致でカール王子をノルウェー王として選出した。彼は独立したノルウェーでホーコン7世として即位した。スウェーデン政府はこの決定に反発し、一時騒然となったが、オスカル2世と社民党政府の国民への説得により、ノルウェーの独立が認められた。
ノルウェーは第一次世界大戦では中立国だったが、第二次世界大戦ではドイツによる侵略を受け、非同盟政策に疑問を抱くようになり、集団安全保障国家となった。また、1945年7月6日には対日宣戦布告するが、ついに戦火を交える事はなかった。 ノルウェーは国際連合設立メンバーである。北大西洋条約 (NATO) に1949年に調印した。ノルウェーでは1972年と1994年の2度欧州連合への加盟に関する投票が行われたが、二度とも否決され、現在も欧州自由貿易連合 (EFTA) のメンバーに留まっている。
詳細はノルウェーの政治を参照
ノルウェーは議会制度を持つ立憲君主制による政治を行っている。国王の役割は、主に儀式や式典などに限られるが、国の象徴として国民意識の統一に重要な役割を果たしている。1814年の法律で国王には、議会または首相を含む内閣は国王により任命される、という重要な執行権が与えられたが、殆どの場合は議会が王の名の下に行っている。1884年には議会制度が成立し、内閣の発足には議会の承認が必要となった。 これにより、国王による任命は事実上形式だけのものとなった。
ノルウェー議会 (ストーティング) は二院制169名の議員から成る。議員は19の州から4年に1度、複雑な比例代表制の選挙で選ばれる。選挙の後、議員たちは2つの議会ウーデルスティングとラーグティングに分けられ、以後、次の選挙までは二院制として立法について議論を行う。しかし選挙は同時に混成して行われる。
1814年5月17日にエイズヴォル会議にて調印されたノルウェー憲法は、ノルウェーを絶対君主制から民主的な立憲君主制へと変化させた。1814年憲法は言論の自由(100条)、法治主義(96, 97, 99条)などの権利を与えた。主要な憲法改正には次のようなものがある:
徴兵制が敷かれている(19才から44才までの男子:兵役期間は12〜15ヵ月。女子は一律に免除されている。)。良心的兵役拒否が認められており、代替役務として社会奉仕活動を選択することが可能。
詳細はノルウェーの県を参照
ノルウェーは、19のfylker(単数形:fylke)と呼ばれる県に分かれ、それぞれ番号付けされている。かつて県の地位にあったベルゲンが1973年にホルダラン県に編入されたため、13番は空き番号である。県の下に431のkommuner(単数形: kommune)と呼ばれる基礎自治体がある2層制になっている。首都オスロは県であり基礎自治体でもある。
スカンディナヴィア半島の西岸に位置し国土面積は日本とほぼ同じで約7300Km(熊本県程度)だけノルウェーの方が広い。北極海およびノルウェー海に面し、海岸にはフィヨルドが発達している。国土は北緯57度以上という高緯度地帯に位置しているが、北大西洋海流の分枝である暖流のノルウェー海流にの影響により、冬でも不凍港であるほどには温暖である。この為、バルト海沿岸よりもノルウェー北部は穏やかな気候となっている。また、陸地の殆どをスカンディナヴィア山脈が占める為、平地は無いに等しい。最高所はヨーツンハイム山地にあるガルフピッゲンであり、標高は2,469m。
OPEC(石油輸出国機構)加盟国ではないノルウェーはロシア、サウジアラビアに次ぐ世界第3の原油輸出国であり、原油はノルウェーの輸出の35% (1999年)を占める。北海における石油採掘は国有割合の高い企業(例えばスタートオイル社では発行株式の8割以上を国が保有)によって行われており、福祉国家ノルウェーの財政に大きく寄与している。さらに将来の石油・天然ガスの枯渇に備えて、原油売上による収益は原則として(2006年度予算では74%、2571億クローネ)「政府年金基金」として積み立てられ(2006年1月に従来の石油基金と年金基金が統合改組された)、国際的な金融市場に投資されている。国家財政収支は石油以外の歳入だけで均衡するよう、歳出抑制策を実施しているが、なお石油基金からの繰り入れが大きな割合を占めている(2006年度予算では歳入9339億クローネ、うち石油から3483億クローネ、石油以外から5856億クローネ、歳出は6768億クローネ)。
水資源が多く水力発電量も活発に行われており。漁業、林業、鉱業も盛んである。漁業では特にノルウェーサーモン(アトランティックサーモン)や大西洋サバが日本に多く輸出されている。漁業文化が日本と似ており捕鯨推進国の一つ。そのほか、牧畜などが行われている。
コンクリート技術も非常に発達しており、新しい材料技術が次から次へと誕生している。
世界最大の特殊船舶の製造会社のAker Kvaerner社、舶用通信機のNERA社、ソナーのSIMRAD社、潜水艇のArgus社、マリンファッションのHelly Hansenなど、海運や北海油田に関連する産業が盛んである。ウェブブラウザのOperaを作っているオペラ社もノルウェーの企業である。 平均収入は日本の約2倍。
住民は、ゲルマン系のノルウェー人がほとんどで92.7%を占める。その他スウェーデン系0.7%、デンマーク系0.6%、他に少数民族のサーミ人約2万人がいる。残りは移民でありその内訳はユーゴスラビア0.5%、イギリス0.3%、アメリカ0.2%、ドイツ0.2%、イラク0.2%、パキスタン0.2%、ソマリア0.1%、フィンランド0.1%、イラン0.1%、その他3.7%となっている。
言語は、公用語 ノルウェー語である。ノルウェー語には、ブークモール(書物のことば)およびニーノシュク(新しいノルウェー語)の2種類がある。どちらも公用語であるが、9割近くがブークモールである。公式にはニーノシュクの使用人口が1割以上居ることになっているが、実態は各地のランスモール(土着の言葉)の話者である。
他にサーメ人がサーメ語を使っている。サーメ語人口は2万人程度である。カラショーク (Kárášjohka-Karasjok) 、カウトケイノ (Guovdageaidnu-Kautokeino) 、ネッセビィ (Unjárga-Nesseby) 、ポルサンゲル (Porsanger) 、ターナ (Deatnu-Tana) 、コーフョルド (Gáivuotna-Kåfjord) といったサーメ人が多く居住する地区では、サーメ語も公用語である。
また、ノルウェーでは英語のテレビ番組が放送されていることもあり、(特に大都市圏では)多くの国民が英語に明るい。
プロテスタントのルーテル教会が国教であり、国教ノルウェー教会の所属が84.9%を占めている(2006年現在)。他のプロテスタントやローマ・カトリック等の団体所属は4.7%、キリスト教以外の宗教は1.9%、人生哲学団体に所属する人の割合は1.7%である[2]。
ノルウェー国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が6件、自然遺産が1件ある。詳細は、ノルウェーの世界遺産を参照。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 新年 | Nyttårsdag | |
| 移動祝日 | 棕櫚の日曜日 | Skjærtorsdag | 復活祭の前の日曜日 |
| 移動祝日 | 洗足木曜日 | Skjærtorsdag | 復活祭の前の木曜日 |
| 移動祝日 | 聖金曜日 | Langfredag | 復活祭の前の金曜日 |
| 移動祝日 | 復活祭第1日 | Første påskedag | 前日の午後はPåskeaftenといい、祝日ではないが半休になる |
| 移動祝日 | イースター・マンデー(復活祭第2日) | Andre påskedag | 復活祭の後の月曜日 |
| 5月1日 | メーデー | Arbeidernes dag | |
| 5月17日 | 憲法記念日 | Grunnlovsdagen | |
| 移動祝日 | 昇天祭 | Kristi Himmelfartsdag | 復活祭の39日後 |
| 移動祝日 | 聖霊降臨祭第1日 | Første pinsedag | 復活祭の49日後 |
| 移動祝日 | 聖霊降臨祭第2日 | Andre pinsedag | 聖霊降臨祭の翌日 |
| 12月25日 | ユール第1日(クリスマス第1日) | Første juledag | 前日の午後はJuleaftenといい、祝日ではないが半休になる |
| 12月26日 | ユール第2日(クリスマス第2日、ボクシングデー) | Andre juledag |
|
|||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||
|
|||||
|
|||||
このページはウィキプロジェクト 国のテンプレートを使用しています。