| (国旗) | 国章 |
| 公用語 | スペイン語 | ||||||||||||||||||||
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| 首都 | グアテマラ市 | ||||||||||||||||||||
| 最大の都市 | グアテマラ市 | ||||||||||||||||||||
元首
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| 独立 - 日付 |
スペインより 1821年9月15日 |
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| 通貨 | ケツァル(GTQ) | ||||||||||||||||||||
| 時間帯 | UTC -6(DST: なし) | ||||||||||||||||||||
| ccTLD | GT | ||||||||||||||||||||
| 国際電話番号 | 502 | ||||||||||||||||||||
グアテマラ共和国(グアテマラきょうわこく)、通称グアテマラは、中央アメリカの共和制国家である。北にメキシコ、北東にベリーズ、東にホンジュラス、南東にエル・サルバドルと国境を接しており、北東はカリブ海に、南は太平洋に面する。首都はグアテマラ市。
中米で最も人口の多い国であるが、市民の過半数はマヤ系の先住民族である。
目次
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正式名称は、República de Guatemala(スペイン語: レプブリカ・デ・グアテマラ)。通称、Guatemala。
公式の英語表記は、Republic of Guatemala(リパブリック・オブ・グワーテマーラ)。通称、Guatemala。
日本語の表記は、グアテマラ共和国。通称、グアテマラ。グァテマラやガテマラと表記されることもある。
詳細はグアテマラの歴史を参照。
紀元前15世紀には、沿岸部に農耕民の存在したことが確認されている。先古典期中期初頭の紀元前900年頃に、パシオン川流域のセイバルとアルタル=デ=サクリフィシオスに集落が形成された。先古典期後期には、紀元前500年以降には、ペテン低地にワシャクトゥンやエル=ミラドールなどのマヤ都市が出現する。古典期には、378年にティカルにメキシコのテオティワカンゆかりの強力な王朝が建てられ、メキシコ、カンペチェ州のカラクムルと「優越王」として覇を争うようになる。一方グアテマラの高地には、先古典期後期にイサパ文化の影響を受けたアバフ=タカリク、エル=バウル、カミナルフューなどの祭祀センターがきずかれた。古典期になるとカミナルフューもテオティワカンに征服される。エル=バウルを含めた周辺区域にはナワ語系のピピル族によると言われるコツマルワパ様式の祭祀センターが築かれた。後古典期にはいると、11世紀頃から北方のチチメカ人が侵入してきた。その影響を受けてキチェー王国やカクチケル王国にチチメカ様式の影響を受けた都市が築かれた。
10世紀初頭までにペテン低地の祭祀センターは放棄されたが、グアテマラ高地のマヤ系諸王国はスペイン人に征服されるまで存続した。
スペイン人の征服者、ペドロ・デ・アルバラードは、1523年に初めて現れ、1524年にはこの地域を征服した。1544年、スペインはグアテマラ総督府をおき、自治権を与えた。グアテマラ総督府の統治範囲には諸説があり、現在の中米五国ホンジュラス・エル・サルバドル、ニカラグア、コスタ・リカなどを含んでいた。スペイン人征服者の政策により、先コロンビア・マヤ文化の古文書(Pre-Columbian Maya codex)はほとんどがこの植民地時代に焼却された。ポポル・ヴフ(Popol Vuh)と呼ばれる一種の創世神話が現在に伝わっている。
1786年にはスペインからイギリスにカリブ海側の領土が割譲され、これは英領ホンジュラスとして統治され、現在はベリーズになっている。
グアテマラ建国以後の歴史は、革命、クーデター、非民主主義政権、特にアメリカ合衆国からのさまざまな内政干渉に彩られている。
1789年のフランス革命により、ヨーロッパでの政局は混乱した。ナポレオン戦争が勃発すると、[1808年]]には半島戦争により、本国スペインがフランス皇帝ナポレオン1世に侵攻された。ナポレオンがボルボン朝のフェルナンド7世を放逐して兄のジョゼフ・ボナパルトをスペイン王ホセ1世に据えると、インディアス植民地は偽王への忠誠を拒否した。
グアテマラ総督領は1821年にスペインから独立を宣言し、同年内にアグスティン・デ・イトゥルビデ皇帝の第一次メキシコ帝国に併合されたが、1823年にメキシコ帝国は崩壊し、新たに結成された中央アメリカ連合州(United Provinces of Central America)の一州となった。
中米連邦では、最初から内紛が絶えなかったが、1827年から1838年にかけ、ラファエル・カレーラの率いる保守主義のグアテマラ派と、フランシスコ・モラサンの率いる自由主義のエル・サルバドル派の内戦に陥り、結局カレーラが勝利して連邦は解体に至り、1839年グアテマラは独立国となった。
内戦に勝利し、連邦派を駆逐したカレーラはそのままグアテマラの政治を支配し、以後グアテマラは1865年にカレーラが死ぬまで強力な保守統治が行われることになる。カレーラは保守政治家だったが、その一方でインディヘナに対しては共有地の保護などの優れた政策を行った。また、1856年のウィリアム・ウォーカーとの国民戦争の際にはグアテマラも中米連合軍の一員に加わった。
1871年には自由党が内戦に勝利して政権に就き、1873年にはフスト・ルフィーノ・バリオスが大統領になった。以降1885年までバリオスの統治が続き、自由主義的な様々な政策が行われ、1879年には憲法が制定された(起草者はキューバ独立の父、ホセ・マルティである)一方で、ホンジュラスやエル・サルバドルなど近隣諸国との戦争を続け、またこの時期にインディヘナの共有地は解体されて奪われ、大土地所有制が強化された。また、この時期から経済がコーヒーモノカルチャー化し、1880年代には実に輸出の9割近くをコーヒーが占めるほどであった。こうしたコーヒー農園を目指して移民が導入され、1893年には日本初のラテンアメリカ移民が行われた。
1898年にマヌエル・エストラーダ・カブレーラが大統領に就任し、22年間の独裁政治を行うが1920年にカブレーラは失脚した。カブレーラが失脚すると、政治的空白状況が生まれ、クーデターが繰り返される不安定な状況が続いたが、1931年にホルヘ・ウビコ将軍が隙を突いて権力を握ると、ウビコ以外は全て不自由であるといわれるほど苛烈な統治の下でグアテマラ社会の荒廃は一層進んだ。こうした状態を憂いた愛国者によりウビコは1944年に追放され、僅かながらも民主主義の時代がグアテマラにも訪れた。
1944年から1954年まではグアテマラの春と呼ばれ、かつてないほど自由な空気の下に、各種の民主的な社会改革が進められた。
ハコボ・アルベンスはポプリスモ的政治家として土地改革などの政策を行ったが、これは次第に合衆国がグアテマラの共産主義化とのネガティブキャンペーンを張らせることになり、土地改革がユナイテッド・フルーツの社有地に適用されることになると、合衆国の怒りは頂点に達した。反アルベンス派傭兵軍がエル・サルバドルから侵攻すると、軍の上層部はアルベンスを見捨てアルベンスは亡命。グアテマラの春は終わりを告げた。
CIAはグアテマラ社会の広い支援を得て、1954年、PBSUCCESS作戦と呼ばれる政府転覆を実行し独裁的な親米政権が生まれたが、これはグアテマラ国家に社会不安の時代をもたらした。1960年からグアテマラ内戦が始まり、36年間にわたるゲリラとグアテマラ政府の戦争は、1996年に平和条約の調印によって終わった。グアテマラの政治的暴力は1983年に終わり、それに続いて1985年以降は民主的な選挙が現在に至るまで行われ続けている。直近の国政選挙は2003年に行われた。グアテマラはいまもなお、法による統治、法の下の平等と基本的人権の尊重に基づき機能する民主主義を構築することを必要としている。内戦によって25万人が犠牲になったというグアテマラでは、一般の犯罪や暴力団による殺人で、2006年には6000人が死亡している。
詳細はグアテマラの政治を参照。
グアテマラは一院制議会をもつ。議会は「共和国議会」(Congreso de la República)と呼ばれる。国会は158議席で、国会選挙は4年ごとに行われ、同時に大統領選挙が行われる。 グアテマラの大統領は国家元首であり、かつ政府の長である。行政を行うために、大統領は内閣を指名する。
詳細はグアテマラの地方行政区分を参照。
グアテマラは22の県(departamentos 地方、州とも訳す)から構成される。
詳細はグアテマラの地理を参照。
海岸部を除くと、グアテマラは大部分が山地からなる。気候は熱帯性で気温が高いが、高地は熱帯性ながら温順な気候である。ほとんどの主要都市は国の南半分に位置している。主要都市は首都シウダー・デ・グアテマラ、ケツァルテナンゴ、エスクィントラである。カリブ海に近接して大型の湖イサバル湖が位置する。火山国であり、日本の富士山に似たトリマン火山の麓には世界一美しい湖といわれるアティトラン湖がある。
詳細はグアテマラの経済を参照。
グアテマラはエル・サルバドルと並んで中米では経済的に中位の国である。国民総生産の4分の1を農業が占める。農業は輸出の3分の2を占め、また労働人口の半分が従事する。主要産品は、コーヒー、砂糖、バナナである。工業・建設は国民総生産の5分の1を占めている。
1996年の停戦により、36年間に及んだ内戦が終結したため、外資投入への障害は取り除かれている。1998年のハリケーン・ミッチ(Mitch)による被害は、近隣諸国に比べれば僅少であった。
グアテマラ経済はパナマを含めた中米諸国(約4,000万人)のうちの3割を占める。但し、中米諸国は、所得水準で、パナマ・コスタ・リカ、グアテマラ、エル・サルバドル、ニカラグア、ホンジュラスと三段階に別れその所得水準はいずれも先進国には遅れを取っている。国内の製造業が未発達であることから、高付加価値の製品製造がままならず、サービス産業の拡大が近年の傾向である。2000年以降、世界的な金利低下の恩恵をうけ国内のクレジットサービス及び貸付が拡大の一歩をたどる。
2002年時点の原油生産量は115万トン、天然ガスは0.43千兆ジュールにとどまっているが、これは油田・炭田が未開発なためだ。金属鉱物資源は金、鉄、ニッケルが中核であるが、鉄は1万トン、ニッケルはほとんど採掘されておらず、金のみが4.5トンという高い水準に達している。
詳細はグアテマラの国民を参照。
住民は、ラディーノ(Ladino、ヨーロッパ系と先住民族の混血およびスペイン語を母語とする先住民族)およびヨーロッパ系が60.1%、マヤ系先住民族が39.3%(内訳はキチェ(K'iche')9.1%、カクチケル(Kaqchikel)8.4%、マム(Mam)7.9%、ケクチ(Q'eqchi')6.3%、その他のマヤ系民族8.6%)、先住民族のシンカ(Xinca)が0.22%、アフリカ人と先住民族の混血のガリフナ(Garifuna)が0.04%(2002年センサス)。
先住民は主にマヤ系住民が多数を占め、人種的に先住民でも非先住民的な生活様式(スペイン語の使用)を行う先住民はラディーノ(非先住民)と呼ばれ、メスティーソと同様に扱われる。白人系住民は植民地時代以来からのスペイン人の子孫が最も多いが、19世紀にプランテーション農業のためにヨーロッパから移民が導入され、ドイツ人、イタリア人、スイス人、ギリシャ人などが、アジアからもアラブ人(シリア人、レバノン人、パレスチナ人)、トルコ人、ユダヤ人、中国人、日本人などが導入された。近年は韓国人移民が多い。なお、グアテマラはラテンアメリカで最初に日本人が移民した国である。
貧困問題が恒常化しており、国民の生活水準は全体に低い。平均寿命は64歳。識字率は67.3%は中央アメリカでもっとも低い部類に属す。貧富の差は激しく、人口の10%が国民全体の所得の47%を占める一方、国民の57%が貧困層に属する。都市部と農村部の貧困差も大きく、地方農村では、貧困層が76%に達する。国民の大多数を占めるマヤ族など先住民は、概して零細な小規模農業に従事し、また多くはスペイン語の読み書き能力をもたないため、他の職業に就く機会も少ない。近年はグアテマラ人の近隣諸国への出稼ぎや移民も多く、アメリカ合衆国やメキシコ、カナダ、ベリーズなどに多くのグアテマラ人が居住している。特にアメリカ合衆国には約50万人以上のグアテマラ人が居住している。
言語は公用語がスペイン語で、国民の6割程度が使用している。残りの4割は先住民族の言語を使用する。地方では特に21種類のマヤ系言語が用いられている他、シンカ語やアラワク語系(Arawakan languages)のガリフナ語など非マヤ系言語も用いられている。DECRETO NÚMERO 19-2003によれば、23種類の言語がグアテマラの国語として認められている。
宗教は、国民の3人に2人がローマ・カトリック教徒で最も多い。しかし、近年ではプロテスタント信者の人口の伸びが著しく、特に福音派の牧師であるエフライン・リオス・モント(Efraín Ríos Montt)将軍政権下で顕著であった。グアテマラ人の3分の1はプロテスタント信者で、福音派とペンテコステ運動派が特に多い。ゲリラとグアテマラ政府の間で締結された1996年の平和条約により先住民族の文化が保護されるようになって以来、伝統的なマヤ民族の宗教も復興の勢いを見せており、グアテマラ政府は全てのマヤ遺跡で宗教儀式を行えるように祭壇を整備する条例を制定している。少数ながら、ユダヤ教徒とムスリム(各1,200人ほど)も居住している。
詳細はグアテマラの文化を参照。
グアテマラの文化はマヤ文明とスペインの文化に根を持ち、グアテマラには現在もなおマヤ文明とスペイン植民地時代の遺風が残っている。衣食には伝統的なマヤ文化の色彩が今でも残り、また国のいたるところにマヤの遺跡が残っている。また、カリブ海沿岸には、宗教儀式、舞踊、音楽などにアフリカ文化の影響がみられる。
詳細はグアテマラ料理を参照。
詳細はグアテマラ文学を参照。
グアテマラ文学はマヤ時代からの先住民の口承文学に伝統を持っている。
独立後の主な作家としては、『大統領閣下』、『緑の法王』を書いたノーベル文学賞作家のミゲル・アンヘル・アストゥリアスが特に有名である。
詳細はグアテマラ音楽を参照。
グアテマラではアフリカ伝来のマリンバが独特の発展を遂げている。また、カリブ海側の先住民、ガリフナ族の音楽は世界的に有名である。
グアテマラ国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が2件、複合遺産が1件ある。詳細は、グアテマラの世界遺産を参照。
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ティカル国立公園 - (1979年、複合遺産) |
アンティグァ・グアテマラ - (1979年、文化遺産) |
キリグアの遺跡公園と遺跡群 - (1981年、文化遺産) |
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元旦 | Año nuevo | |
| 3月〜4月の一週間 | イースター週間 | Semana Santa | 移動祝日 |
| 5月1日 | 労働者の日(メーデー) | Día de trabajo | |
| 6月30日 | 軍隊記念日 | Día del ejército | |
| 8月15日 | 聖母被昇天祭 | Día de la Virgen de la Asunción | |
| 9月15日 | 独立記念日 | Día de la Independencia | |
| 10月20日 | 革命記念日 | Día de la Revolución | |
| 11月1日 | 死者の日 | Día de los muertos | |
| 12月24日 | クリスマス・イブ | Noche Buena | 午後のみ |
| 12月25日 | クリスマス | Navidad | |
| 12月31日 | 大晦日 | Noche Vieja | 午後のみ |
国鳥は ケツァールで、国章に描かれており、通貨名ともなっている。
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|---|---|
| アングロアメリカ | アメリカ合衆国 | カナダ |
| 中央アメリカ | エルサルバドル | グアテマラ | コスタリカ | ニカラグア | パナマ | ベリーズ | ホンジュラス | メキシコ |
| 西インド諸島 | アンティグア・バーブーダ | キューバ | グレナダ | ジャマイカ | セントクリストファー・ネイビス | セントビンセント・グレナディーン | セントルシア | ドミニカ共和国 | ドミニカ国 | トリニダード・トバゴ | ハイチ | バハマ | バルバドス |
| 南アメリカ | アルゼンチン | ウルグアイ | エクアドル | ガイアナ | コロンビア | スリナム | チリ | パラグアイ | ブラジル | ベネズエラ | ペルー | ボリビア |
| 地域 | アメリカ合衆国:米領ヴァージン諸島 - プエルトリコ | イギリス:アンギラ - 英領ヴァージン諸島 - ケイマン諸島 - タークス・カイコス諸島 - バミューダ諸島 - フォークランド諸島 - モントセラト | オランダ:アルバ - 蘭領アンティル | デンマーク:グリーンランド | フランス:グアドループ - サン・バルテルミー島 - サン・マルタン島 - サンピエール島・ミクロン島 - 仏領ギアナ - マルティニーク |
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