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エリトリア国についての情報


エリトリア国 Hagere Ertra
エリトリアの国旗 エリトリアの国章
(国旗) (国章)
国の標語 : なし 国歌 : エリトリア、エリトリア、エリトリア エリトリアの位置
公用語 英語、ティグリニャ語、アラビア語
首都 アスマラ
最大の都市 アスマラ
元首
大統領 イサイアス・アフェウェルキ
首相等肩書 なし
面積
総計 121,320km(96位)
水面積率 極僅か
人口
総計(2004年) 4,447,307人(116位)
人口密度 37人/km
GDP(自国通貨表示)
合計(2005年) 153億ナクファ
GDP(MER)
合計(2005年) 7億ドル(163位)
GDP(PPP)
合計(2002年) 33億ドル(155位)
1人当り 700ドル
独立
 - 日付
 - 承認
エチオピアより
1991年5月29日
1993年5月24日
通貨 ナクファ(ERN)
時間帯 UTC (+3)(DST: なし)
ccTLD ER
国際電話番号 291

エリトリア国、通称エリトリアはアフリカ東北部の国。首都はアスマラ (Asmara)。

西でスーダンに、南でエチオピアに、東でジブチに接し、紅海に面する。1993年5月24日にエチオピアから独立。

目次

  • 1 国名
  • 2 歴史
  • 3 政治
  • 4 地方行政区分
  • 5 地勢
  • 6 経済
  • 7 国民
    • 7.1 民族構成
    • 7.2 言語
    • 7.3 宗教
  • 8 文化
  • 9 関連項目
  • 10 外部リンク
    • 10.1 公式
    • 10.2 その他
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国名

正式名称は、Hagere Ertra。通称、Ertra。

アラビア語表記は、 。通称、。

公式の英語表記は、State of Eritrea(ステイト・オブ・エリトレイア)。通称、Eritrea。

日本語の表記は、エリトリア国。通称、エリトリア。エリトレアと書かれることもある。

国名は、ラテン語で紅海を意味する『 Mare Erythraeum 』から来ている。

歴史

もともとこの地域はエジプト領の一部とエチオピア領の一部であった。主な先住民は、エチオピアのアムハラ族とは文化を異にするティグレ族である。

1869年ヨーロッパとオリエントを結ぶスエズ運河が開通した。イタリアがエチオピアに介入をはじめ、1882年にイタリアが植民宣言をし、1885年に占領した。1889年、エチオピアはイタリアとウッチャリ条約を結び、この地(エリトリア)をイタリアの支配に委ねた。翌年、イタリアはこの地を「エリトリア」と名づけた。

第2次世界大戦中の1941年にイタリア軍を駆逐し、イギリス軍が当地を占領する。その後、イギリスの保護領であったが、1952年までにエチオピアと連邦国家を形成した。しかし、1962年にエチオピアが連邦離脱を決議したエリトリア議会を軍で包囲、エリトリアを併合すると、当地の住民の不満は高まり、1970年代からは解放勢力は独立運動を展開するようになった。 1991年、独立勢力のうちの最大勢力、エリトリア人民解放戦線(EPLF)は、ティグレ人民解放戦線(TPLF)等と共に首都アディスアベバに突入、エチオピアに政変を起こし当時の指導者メンギスツ政権を倒し、1991年5月29日、独立宣言を行った。この時の合意によりにTPLFを中心としたEPRDFによるエチオピア新体制の確立に伴い、1993年5月24日に独立承認された。独立後すぐに国際連合へ加盟申請、承認された。

政治

エリトリアは1993年の独立以来、旧エリトリア人民解放戦線(EPLF)が改組した民主正義人民戦線(PFDJ)率いる暫定政府が、事実上の一党独裁制のもと統治している。恒久政府樹立に向けての憲法が1997年、制憲議会により制定されたが、未だに施行されていない。

国家元首である大統領は独立以来、PFDJ書記長であるイサイアス・アフェウェルキが務めている。憲法規定によれば、大統領は5年の任期を持ち、国民議会により選出されることとなっているが、憲法が未施行のため、選挙は無期延期となっている。

内閣は大統領が任命する閣僚で構成されるが、実際の行政権は大統領が行使し、内閣はその執行機関に過ぎない。よってその権力は極めて小さく、大統領の補佐機関であるといえる。首相職無し。

議会は一院制の国民議会。104議席で、PFDJ中央委員会の委員40名と、任命制の議員64名で構成される。だが列国議会同盟(IPU)によれば、エリトリアの国民議会はPFDJ中央委員会の委員75名、旧制憲議会議員60名、在外エリトリア人代表15名で構成される150議席の議会とされている。いずれにせよ、国民による選挙は行なわれておらず、PFDJの政策を追認する役割しか持たない。また、憲法が未施行であるため暫定的な権能しか有しておらず、任期も定められていない。

政党設立には国家による許可が必要であり、PFDJが唯一、政党としての活動を認められている。だが反政府勢力としてエリトリア解放戦線(ELF)やエリトリア国民同盟(ENA)などが存在している。

最高司法機関は高等裁判所で、その下に地方裁判所などが存在。行政裁判などを担う特別法廷も設置されている。

地方行政区分

ガシュ・バルカ地方、デブブ(南部)地方、セメナウィ・ケイバハリ(北紅海)地方、デブバウィ・ケイバハリ(南紅海)地方、アンセバ地方、マアカル(中部)地方。

地勢

北岸は紅海に面し、エチオピア・スーダン・ジブチと国境を接する。紅海にはダフラク諸島があり、イエメンとの間のバブ・エル・マンデブ海峡は非常に狭くなっている。南東部にはアフリカ大地溝帯の一部をなす低地が広がり、その東は火山地帯となっている。北西部では高原地帯が狭い海岸平野に迫っている。気候は全体として乾燥気候(BS・BW)を示す。海岸沿いでは年平均気温約30℃、年降水量は200mm以下で、大半が雨季の11〜4月に降る。高原地帯では年平均気温約20℃、年降水量は約300mmで、雨季は6〜9月である。

経済

人口の多くが農業、牧畜業などの第一次産業に従事しているが、自給率が低く、食糧の7割を輸入や援助に依存している状態。産業別のGDPでは運輸業が3割以上を占め、工業・その他サービス部門を含めると8割以上に達している。エチオピアとの国境紛争は、難民・避難民の大量発生、紛争地域のインフラ破壊等、エリトリア経済に深刻な影響を及ぼしている。

国民

民族構成

ティグリニャ人が最大民族であり、人口の48%を占める。次いでティグレ人 (35%)、アファル人(エチオピア系)、テルチャン人、クナマ人、サホ人等主たる民族は9民族で構成されている。

言語

英語とティグリニャ語とアラビア語が公用語である。その他ティグレ語、アファール語などが使われている。

宗教

イスラム教、エリトリア正教会(コプト教)、ローマ・カトリック、プロテスタントなどが信仰されている。

文化

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考

関連項目

ウィクショナリー
ウィクショナリーにエリトリアの項目があります。

外部リンク

公式

その他

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