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青森県についての情報


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青森県 あおもりけん
地方 東北地方
団体コード 02000-1
ISO 3166-2 JP-02
面積 9,607.05km ※境界未定部分あり
総人口 1,395,208人 (推計人口、2008年9月1日)
人口密度 145人/km
隣接都道府県 北海道、秋田県、岩手県
県の木 ヒバ
県の花 リンゴ
県の鳥 ハクチョウ
青森県民の歌 青い森のメッセージ
知事 三村申吾
青森県庁
所在地 〒030-8570  青森県
青森市長島1丁目1番1号 画像:AomoriPrefOffice.jpg
電話番号 017-722-1111
外部リンク 青森県庁
青森県の位置
特記事項 :
市町村境界図

青森県行政区画図

■:市 / ■:町・村
ウィキポータル 日本の都道府県/青森県
■Template (■ノート ■解説) ■都道府県ポータル
青森県の旗(中央は県章)
青森県の旗(中央は県章)

青森県 (あおもりけん、英語表記:Aomori Prefecture)は、本州最北端に位置する県である。 秋田県と岩手県と接する。 県庁所在地は青森市。

目次

  • 1 地理
    • 1.1 半島
    • 1.2 山脈、山地
    • 1.3 山、丘
    • 1.4 平野、台地
    • 1.5 河川
    • 1.6 湖沼
    • 1.7 岬、崎
    • 1.8 島
    • 1.9 海峡、湾港、海岸
    • 1.10 自然公園
  • 2 歴史
    • 2.1 原始時代
    • 2.2 古代
    • 2.3 中世
    • 2.4 近世から明治初年
    • 2.5 近代以降の年表
      • 2.5.1 明治-昭和初期(戦前)
      • 2.5.2 戦後
  • 3 人口
    • 3.1 年齢構成
  • 4 産業
    • 4.1 農業
    • 4.2 林業
    • 4.3 水産業
    • 4.4 生活文化
    • 4.5 スポーツ
  • 5 交通
    • 5.1 空港
    • 5.2 鉄道
    • 5.3 海路
    • 5.4 道路
    • 5.5 路線バス
  • 6 行政
    • 6.1 歴代知事(公選)
    • 6.2 財政
  • 7 姉妹都市・提携都市
    • 7.1 国外
  • 8 地域
    • 8.1 市部
    • 8.2 郡部
    • 8.3 都市圏
  • 9 生活文化
    • 9.1 食べ物
  • 10 有形文化財建造物
  • 11 名所・旧跡・観光スポット
  • 12 祭事・催事
  • 13 青森県を舞台にした作品
    • 13.1 映画
    • 13.2 小説
    • 13.3 紀行文
    • 13.4 アニメ
    • 13.5 ドラマ
    • 13.6 ドキュメンタリー
    • 13.7 漫画
    • 13.8 音楽
  • 14 マスメディア
    • 14.1 新聞
    • 14.2 テレビ局
      • 14.2.1 地上波放送
      • 14.2.2 ケーブルテレビ
    • 14.3 ラジオ局
  • 15 軍事
    • 15.1 自衛隊
    • 15.2 在日米軍
    • 15.3 軍事史
  • 16 青森県出身の有名人
  • 17 関連項目
  • 18 外部リンク
//

地理

半島

山脈、山地

山、丘

平野、台地

河川

湖沼

岬、崎

海峡、湾港、海岸

自然公園

十和田八幡平国立公園 下北半島国定公園、津軽国定公園 浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園

歴史

原始時代

縄文時代の遺跡として、三内丸山遺跡、亀ヶ岡遺跡、是川遺跡などが現在までに発見されている。これらの遺跡には豊富な土器・広い集落、また他地方のものと思われる遺物が発見され、文化・経済などの面で周辺にも強い影響を与えていたと考えられている。また、弥生時代前期の遺跡として同じく津軽地方では垂柳遺跡が発掘されており、コメの栽培が行われたことが確認されている。ただし弥生時代中期に稲作は衰え、津軽から大幅な人口流出があったものと考えられている。

古代

畿内で大和政権が成立し、日本各地で古墳が盛んに作られるようになった時期にも、同地域では終末期古墳が少数存在するだけである。大和政権が本州・四国・九州のほとんどの地域を勢力下に治めた後も同地域は統治領域外にあり、蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々が独立性を保って居住していた。こうした事情もあって当時の同地域を考察するための文献資料が余りにも少なく、今後の発掘調査の成果が待たれる部分も大きい。

9世紀には、陸奥出羽按察使征夷将軍文室綿麻呂が、爾薩体の蝦夷を平定したという記録がある。

11世紀、岩手県北上平野の地域に俘囚長安倍氏 (奥州)の勢力が確立すると、岩手県北から下北半島にかけての糠部地方で同族と見られる安倍富忠が有力となった。前九年の役において富忠は源頼義に使わされた金為時の誘いを受け朝廷方についた。安倍頼時は富忠に対する説得のため、わずかな手勢を引き連れて北上したが、富忠は頼良を攻め、矢傷を負った頼良はこれが元で死亡した。頼良を滅ぼした富忠だったが、朝廷や源頼義からの恩賞をうけた記録は無く、以後の糠部安倍氏に関する史料はない。北上平野の安倍氏はついに滅ぼされたが、貞任の子の高星丸が叔父の安倍則任とともに糠部を経て津軽に落ち伸び、津軽安東氏(安倍姓)の祖となったとの伝承がある。

中世

青森県域が明確に中央政権に組み込まれるようになったのは鎌倉時代初頭であると考えられている。平安時代末期に奥州藤原氏を倒した源頼朝によって南部氏が糠部五郡を与えられたとの記述があり、南部氏自体がその領土を与えられたかは別にして、同地域が鎌倉幕府の影響に入ったことはうかがえる。この時代から室町時代中期にかけて、津軽安藤氏が下北半島や津軽半島、また蝦夷島(北海道)の沿岸部を支配し、海上交易で栄えた。特に十三湖沿岸に築いた港(十三湊)には大きな町が形成され、現在でも中国や日本各地の陶磁器が出土している。

ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏(浪岡氏)が大きな勢力を誇った。

15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信(津軽為信)が他の南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道や岩木川の整備などが行われた。一方、南部氏は青森県東部は所領として残った。

近世から明治初年

江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩4万5千石(後に10万石に高直し)が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。

戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。

近代以降の年表

明治-昭和初期(戦前) 戦後

人口

年齢構成

年齢5歳階級別人口 2004年10月1日現在推計人口 総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 61
5 - 9 画像:g50.png画像:g03.png 69
10 - 14 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 71
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png 79
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png 82
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 85
30 - 34 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 92
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 88
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 92
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 100
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 117
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png 108
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 94
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 93
70 - 74 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 87
75 - 79 画像:g50.png 66
80歳以上 画像:g50.png画像:g03.png 70

年齢5歳階級別人口 2004年10月1日現在推計人口 男女別 [単位 千人]

年齢
31 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r03.png 30
35 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 34
36 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 35
40 画像:g30.png 15 - 19 画像:r30.png 39
42 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 20 - 24 画像:r30.png 40
44 画像:g30.png画像:g03.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r01.png 41
46 画像:g30.png画像:g05.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r05.png 46
43 画像:g30.png画像:g03.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 45
45 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 47
49 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 51
57 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 60
52 画像:g30.png画像:g10.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png 56
43 画像:g30.png画像:g03.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 51
41 画像:g30.png画像:g01.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r10.png 52
37 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 50
26 画像:g10.png画像:g10.png 75 - 79 画像:r30.png 40
21 画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 49
青森県と全国の年齢別人口分布図(比較) 青森県の年齢・男女別人口分布図
■紫色は青森県 ■緑色は日本全国
■青色は男性 ■赤色は女性
1980年 1,523,907人
1985年 1,524,448人
1990年 1,482,873人
1995年 1,481,663人
2000年 1,475,728人
2005年 1,436,657人
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)

産業

アナログ式腕時計の文字盤に貼り付ける目盛、数字を時字(ときじ)という。同社の電気分解成形法の応用で生み出された文字盤用電着時字技術は、製造工程の大幅な省力化、低コスト化及びデザインの多様化を実現。 2002年の世界の腕時計の総生産数は、1,245百万個と推定されているが、同社で年間1,000万個生産され、高級時計用として世界中に輸出されている。

青森県産のりんご等を使用した何にでもあう(野菜炒め・焼肉用タレ・その他料理の味付け等)タレ。 このタレのCMは北海道でも放送されている。

農業

青森県は国内でも有数の生産高を誇る農業生産地の一つである。 平成18年農林水産統計によると、農業産出額は2,885億円。食料自給率は118%(カロリーベース:概算値)であり、北海道や岩手県、秋田県、山形県などと共に、自給率100%を超える数少ない県の一つである。津軽平野、南部平野 と、山岳に富んだ地形であり、地域によって気候が大きく異なっているため、地域特性にあった農業が営まれている。 野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。

青森県はリンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。リンゴ栽培は生産量日本一の弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、三戸郡を中心とした南部地方でも行われている。中国、台湾等に高級果物として輸出されている。

日本国内では唯一の産地である。

林業

水産業

生活文化

(ねぎ購入数量第5位、豚肉消費数量第4位、もやし購入数量第4位)

スポーツ

交通

空港

鉄道

※ 目時駅〜八戸駅間の鉄道施設を青森県が保有(第三種鉄道事業者)、青い森鉄道が第二種鉄道事業者として鉄道事業を行う上下分離方式が採られている。

海路

道路

路線バス

行政

歴代知事(公選)

財政

姉妹都市・提携都市

国外

地域

以下の10市8郡22町8村がある。町の読み方はおいらせ町、南部町、階上町が「ちょう」、その他は「まち」である。村は全て「むら」と読む。

市部

郡部

都市圏

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷

1980年 1990年 1995年 2000年
青森都市圏 33万6677人 青森都市圏 33万2838人 青森都市圏 33万7827人 青森都市圏 34万0558人
八戸都市圏 33万1608人 八戸都市圏 33万2275人 八戸都市圏 33万3129人 八戸都市圏 33万2242人
弘前都市圏 27万8234人 弘前都市圏 27万2460人 弘前都市圏 32万9279人 弘前都市圏 32万6102人
十和田都市圏 7万7582人 十和田都市圏 9万0255人 五所川原都市圏 10万7301人 五所川原都市圏 11万1232人
むつ都市圏 6万9913人 むつ都市圏 6万7326人 十和田都市圏 9万0696人 十和田都市圏 9万0715人
五所川原都市圏 5万5464人 三沢都市圏 6万1178人 むつ都市圏 7万2995人 むつ都市圏 7万4997人
黒石都市圏 4万0755人 五所川原都市圏 5万2792人 三沢都市圏 6万2783人 三沢都市圏 6万5470人
三沢都市圏 3万9962人 黒石都市圏 3万9213人 黒石都市圏は弘前都市圏に包含
野辺地都市圏 1万8419人 野辺地は中心性を失って都市圏を形成しなくなる

地域呼称としては、津軽地方(青森市、東津軽郡、西津軽郡、北津軽郡、五所川原市、つがる市、中津軽郡、弘前市、南津軽郡、黒石市、平川市)と南部地方(八戸市、十和田市、三沢市、三戸郡、上北郡)、下北地方(むつ市、下北郡)がある。なお津軽地方には東青地域(青森市と東津軽郡)を含めないことが多く、この地域は別途青森地方とされることがある。詳細は各項目参照。

生活文化

食べ物

- けの汁、津軽ラーメン(弘前地区ではりんごごはんも) - 貝焼味噌、イカ寿司、けいらん、べこ餅、まめしとぎ - せんべい汁、まめしとぎ、いちご煮、八戸らーめん

有形文化財建造物

重要伝統的建造物群保存地区

名所・旧跡・観光スポット

弘前城(重要文化財:現存天守)
弘前城(重要文化財:現存天守)

祭事・催事

名所・旧跡等。マウスを点に合わせてください

■県庁所在地、■温泉、■名所旧跡等、■山、

青森県を舞台にした作品

映画

小説

紀行文

アニメ

ドラマ

ドキュメンタリー

漫画

音楽

※モノローグ部分の方言を間違えている事が指摘されている。 ※ただし歌詞中の人々は北海道へと都市部(東京)から帰る途上であり、当歌と青森県の関連は比較的薄い。

マスメディア

新聞

テレビ局

地上波放送 ケーブルテレビ

ラジオ局

※ほか、北海道放送、STVラジオが県のほとんどの領域で受信可能。岩手放送と秋田放送については、各県境沿いのごく一部に限り受信できる。さらに夜間は東北放送やニッポン放送、文化放送、TBSラジオ、遠方では東海ラジオやABCラジオ、MBSラジオも受信できる。 ※ほか、函館のFM局(FMいるか)が津軽海峡沿いを中心に受信できる。FM岩手が八戸市・三戸郡及び上北地方の一部で、FM秋田が津軽地方の一部で受信できる。

軍事

津軽海峡は公海(特定海域)であるため、他国の核兵器を搭載した軍艦や潜水艦の航行、および、津軽海峡上空の軍用機の通過が可能である。そのため、突発的な戦闘に対する専守防衛には、津軽海峡に面した警備所と、近接する後方基地が必要であり、青森県には海上自衛隊の拠点が置かれている。

また、戦後の冷戦時代には、仮想敵国のソビエト連邦が実効支配するサハリンや北方四島と近接する北海道に陸上自衛隊の主力拠点が置かれたが、航空基地攻撃に遭わない程度離れた青森県には、支援戦闘機の基地、および航空自衛隊の主力拠点が置かれた。

このような背景から、海・空においては北海道を含めた領域の拠点が青森県に置かれている。

陸に関しては、北海道が奪取された場合を考えての基地配備となっており、本州防衛のための前線基地とされている。そのため、方面総監部(上位の司令部)は、後方の仙台に置かれている。

なお、海上保安庁による沿岸警備に関しては、宮城県塩竈市にある第二管区海上保安本部の管轄となっており、沖合いは、太平洋側が第二管区、日本海側が第九管区(新潟県新潟市)となっている。

自衛隊

陸上自衛隊(東北方面隊・第9師団) 海上自衛隊(大湊地方隊)

北方領土などの問題で北からの攻撃があった場合、八戸基地に対策指令本部が置かれることになっている。

航空自衛隊(北部航空方面隊)

在日米軍

第5空軍第35戦闘航空団 三沢飛行場に駐屯。

軍事史

青森県出身の有名人

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

変更履歴
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