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栃木県についての情報


栃木県 とちぎけん
地方 関東地方
団体コード 09000-0
ISO 3166-2 JP-9
面積 6,408.28km
総人口 2,015,482人 (推計人口、2008年11月1日)
人口密度 315人/km
隣接都道府県 埼玉県、茨城県、群馬県、福島県
県の木 トチノキ
県の花 ヤシオツツジ
県の鳥 オオルリ
他のシンボル 県の獣:ニホンカモシカ 県民の歌 県民の日:6月15日
知事 福田富一
栃木県庁
所在地 〒320-8501  栃木県
宇都宮市塙田1丁目1番20号
電話番号 028-623-2323
外部リンク 栃木県公式ページ
栃木県の位置
特記事項 :

栃木県行政区画図

■:市 / ■:町
栃木県旗
ウィキポータル 日本の都道府県/栃木県
■Template (■ノート ■解説) ■都道府県ポータル
地形図

栃木県 (とちぎけん) は、日本の都道府県の一つで、関東地方北部(北関東)に位置する内陸県。海洋国家である日本において、内陸部に位置する数少ない県の一つである。 県庁所在地は宇都宮市。 古墳時代、毛野川(けぬのかわ)(現在の鬼怒川)流域一帯には「毛野国」が成立し、これを上下に分かって「下毛野国(しもつけぬのくに)」「下野国(しもつけのくに)」が成立し、唐名では「野州(やしゅう)」と称する。現在でも「下野(しもつけ)」の呼称が広く使われている。

目次

  • 1 地理
    • 1.1 地形
    • 1.2 自然公園
  • 2 歴史
    • 2.1 先土器-平安時代
    • 2.2 鎌倉-江戸時代
    • 2.3 幕末-近・現代
  • 3 人口
    • 3.1 年齢構成
  • 4 行政
    • 4.1 歴代公選知事
      • 4.1.1 財政
  • 5 経済
    • 5.1 第一次産業
      • 5.1.1 農林業
      • 5.1.2 水産業
      • 5.1.3 農業産出額
    • 5.2 第二次産業
      • 5.2.1 工業
      • 5.2.2 鉱業
      • 5.2.3 製造品出荷額等
    • 5.3 第三次産業
      • 5.3.1 商業
      • 5.3.2 観光
      • 5.3.3 商業年間商品販売額
  • 6 国際友好提携・交流関係
  • 7 地域
    • 7.1 都市圏
    • 7.2 地域圏
    • 7.3 平成の大合併
    • 7.4 その他の地域区分例
  • 8 主な交通網
    • 8.1 高速国道
    • 8.2 一般国道
    • 8.3 主要県道・一般県道
    • 8.4 鉄道路線
    • 8.5 主な路線バス
  • 9 マスメディア
    • 9.1 新聞
    • 9.2 テレビ局
    • 9.3 ラジオ局
  • 10 栃木県と関係の深い企業
    • 10.1 栃木県内に本社を置く企業
    • 10.2 栃木県内に主要事業所を置く企業
  • 11 生活文化
    • 11.1 食文化
      • 11.1.1 郷土料理
    • 11.2 スポーツ
    • 11.3 作品
  • 12 栃木県出身有名人
  • 13 文化財
    • 13.1 建造物
    • 13.2 書跡・典籍
  • 14 観光
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク
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地理

隣接県

関東地方の北部に位置し、面積は6,408.28kmで全国第20位(関東最大の県)、東西約84km・南北約98km。県都宇都宮市は、東京から約100km、JR東北新幹線で約50分強の位置にあり、地方中核都市の指定を受けている。

東部の八溝山地、北部から西部にかけての那須連山・高原山・日光連山・帝釈山地・足尾山地の山岳地帯と、県中央部の那珂川・鬼怒川・渡良瀬川の沿岸平野部の3地域に大別される。

地形

関東平野。奥に男体山と日光連山。
那珂川と那須野が原。(解説画像)
高原山と奥男体山、女峰山。(解説画像)
那須岳と那須高原。
手前鬼怒川。奥に羽黒山、男体山。
関東平野と渡良瀬遊水地、渡良瀬川。
平野 山地
  • 那須岳
  • 大佐飛山
  • 日留賀岳
  • 高原山
  • 女峰山
  • 太郎山
  • 男体山
  • 白根山
  • 八溝山(山頂部は茨城県と福島県)
  • 羽黒山
  • 太平山
  • 唐沢山 
高原
  • 那須高原
  • 奥日光
  • 霧降高原
  • 八方ヶ原
  • 鬼怒川高原
  • 金精峠
  • 山王峠
  • 細尾峠
  • 境明神峠
  • 大峠
  • 仏ノ山峠
  • 粕尾峠
  • 那珂川
  • 鬼怒川
  • 思川
  • 渡良瀬川
  • 小貝川
  • 中禅寺湖
  • 湯の湖
  • 鬼怒沼
  • 五色沼
  • 大沼
  • 渡良瀬遊水地
  • 西ノ湖
  • 切込・刈込湖
  • 出原弁天池
  • 多田羅沼
湿原
  • 井戸湿原
  • 小田代原
  • 鬼怒沼
  • 戦場ヶ原
  • 沼ッ原湿原
  • 古峰ヶ原湿原
  • 都沢湿原
  • 渡良瀬遊水地
気候

自然公園

歴史

先土器-平安時代

古墳時代、毛野川(けぬのかわ=現在の鬼怒川、鬼怒川は当時下野国 - 下総国と流れ現在の土浦市南方で香取海(銚子で太平洋に繋がる内海)に注ぐ大河であったが、江戸時代の利根川東遷事業より後は利根川に注ぐ川へと変更された)流域一帯には毛野国が成立しており、ヤマト王権において毛野国は筑紫、出雲、吉備などと並び強大な発言力を有していたと言われる。

県内各地には縄文遺跡が多数認められており、その後の古代・邪馬台国の時代(神代)には毛人が住む地域であったと解されるのが一般的であるが、その後、第10代天皇で真の意味でのヤマト王権の初代開祖とも言われる崇神天皇の第一皇子、豊城入彦命が父の命でこの地に入って毛野国を建国し、その後毛野国の有力豪族となった毛野氏の祖となり、ヤマト王権において有力豪族の一角をなした。毛野国は奈良時代には上毛野(上野)国と下毛野(下野)国に分国されたと言われるが、毛野川は上野国を流れておらず、上野国を流れるのは利根川(古来は東京湾に注いでいたが利根川東遷事業の後は銚子で太平洋に注ぐ川へと変更された)であることを鑑みると、この説も定かではない。

国造は下毛野君である。下毛野君は豊城入彦命の後裔とされ(日本書紀)、天武天皇13年に定められた八色の姓では地方豪族としては破格の朝臣姓を賜り、大和朝廷が701年に定めた律令(大宝律令)の編纂には下毛野古麻呂が藤原不比等とともに深く関わった(続日本紀)。

栃木県の県庁所在地である宇都宮市の名称は二荒山神社の別号宇都宮大明神に由来し、宇都宮の歴史は即ち出雲神を祀る当神社の歴史と言える。この神社は毛野国の開祖である豊城入彦命を祀り、創祀は命の曾孫である奈良別君と言われるが、この時既にこの地には豊城入彦命によって国土開拓の祖神・大物主命が祀られていたと言われており、西暦200年代、遅くても300年代(社伝では仁徳天皇41年、西暦353年=奈良別君の時代)には成立していたと社伝に伝わるが、正史に初めて下野国の神が登場するのは836年(承和3年)のことで、この時従五位上勲四等の二荒神が正五位下を奉授している。平安時代、当神社は延喜式神名帳に下野国唯一の一之宮名神大社(河内郡)とされ、下野国で最も格式ある神社と位置付けられていた。神社は国造下毛野氏の統治下にあって下毛野氏の血縁者が代々座主を務め、平安時代末期に藤原北家道兼流で毛野氏あるいは中原氏の流れを汲んだ宇都宮氏がその座を継いだと言われている。宇都宮氏は鎌倉時代以降22代500年に亘って鬼怒川流域一帯を統治し、小倉百人一首の成り立ち、宇都宮歌壇の成立、東勝寺や尾羽寺、清巌寺や興禅寺に代表される寺院の造営など当地の文化的素養の養生に尽力するとともに、また元寇の折には鎌倉幕府軍総大将として討伐に向かい、関東内の戦乱にあっては時の中央政府(鎌倉幕府、室町幕府、鎌倉府、関東管領等)の意向を受けてその鎮静に当たり、武門としても当時の関東地方の治安維持に貢献した。

宇都宮二荒山神社は宇都宮大明神と呼ばれ、古来からその武徳が尊ばれてきた。藤原北家魚名流・藤原秀郷(俵藤太,田原藤太)卿は、平将門の乱の折、その追討を命じられたが苦戦、当神社に参じて授かった霊剣をもって将門を制したと言われる。また藤原北家長家流・那須与一宗高は源平合戦屋島の戦いで「南無八幡大菩薩、日光権現、宇都宮、那須湯前大明神」と唱え、見事平家船上の扇の的を射落としたと言われる。また元寇の際には社殿から鏑矢が西へ飛び去ったという言い伝えがある。この他、源頼義、義家(八幡太郎)父子は前九年の役の前に参拝し、奥州安倍氏を掃討したといい、また源頼朝も奥州藤原氏平定に際して参拝したと言われる。徳川家康は当神社に広大な土地寄進を行ったと言われる。

一方、下毛野国と那須国は7世紀後半に統一されて下野国、すなわち栃木県の現在の形が作られた。下野国は9郡(足利郡、安蘇郡、梁田郡、都賀郡、河内郡、芳賀郡、那須郡、寒川郡、塩谷郡)に分かれ、政治の中心として国府が置かれた。国府付近には、国分寺・国分尼寺・下野薬師寺がつくられ、都から伝えられた華やかな文化が栄えた。

大谷川にかかる神橋

日光開山の祖と知られる勝道上人は、下野薬師寺で5年間修行した後に男体山を目指し、766年に四本龍寺を建立した。782年には3度目の試みで山頂に達し、その後神宮寺(現在の中禅寺)を建立し、日光1200年の原点を築いた。一説に「日光」という地名は空海が二荒(ふたら=補陀落:ポタラカ)を音読した「にこう」に佳字を当てたのが起源といわれるが、当時の記紀類は全て「二荒」で記録上「日光」の初見は平安時代後期であり、この時期と下野国内に千手観音や日光菩薩像が多く造立された時期が一致している(大谷磨崖仏、佐貫石仏)。

鎌倉-江戸時代

鎌倉幕府が成立すると、足利・小山・宇都宮・那須などの下野諸氏は鎌倉御家人となり活躍した。小山氏は藤原北家魚名流・藤原秀郷の後裔と言われ、武家として鎌倉時代には下野国の守護を務める家柄であったが、室町時代初期、小山義政が下野国国司・宇都宮氏を攻略し宇都宮基綱を戦死させたため、鎌倉府・関東管領によって討伐された。

結城氏は小山氏の庶流であり、主家・小山氏が鎌倉府によって討伐されると小山氏を継いだ。小山氏・結城氏は室町時代には室町幕府に抵抗して鎌倉を追われた古河公方に組して下野守護に再任された。足利氏の力が弱まると関東に台頭してきた後北条氏方に就くが、主家・小山氏は後北条氏に追討されてしまう。豊臣秀吉によって後北条氏が討たれると結城氏が旧小山氏領を支配したが、江戸時代になると間もなく福井へ転封され、氏姓も松平氏に改めてこの地を去った。

宇都宮二荒山神社

藤原北家道兼流で毛野氏(あるいは中原氏)の流れを汲む関東の名門・宇都宮氏は、宇都宮二荒山神社(宇都宮大明神)の神職者として関東の治安維持に貢献した。鎌倉時代、元が九州に攻め寄せると、これを鎮めるべく鎌倉軍総大将として征西しこれを防いだ。室町時代、足利尊氏を助け下野・上野・越後守護を務め、関東管領・上杉氏に引き継ぎ、その上杉氏を討って関東を争乱に陥れた鎌倉公方・足利持氏を室町幕府の意向を受けて牽制した。戦国時代、後北条氏が台頭すると常陸国の佐竹氏とともにこれを牽制した。しかし豊臣秀吉によって後北条氏が滅びると、その秀吉が東国勢力の自領化を進め、宇都宮氏は備前国へ配流されてこの地を去った。

代々宇都宮氏の重臣を務め、また宇都宮氏と姻戚関係にもあった紀清両党の益子氏および芳賀氏は宇都宮宗家がこの地を去った後もこの地に留まり、宇都宮氏が築いた文化を伝承したと言われる。なお、益子の西明寺には宇都宮氏墓所があり、現在も守られている。また宇都宮貞綱が亡母の供養に鋳造した鉄製塔婆を保存する清巌寺は清原氏(清党)芳賀氏が建立したものである。

足利荘に本拠を置いた清和源氏義家流・足利氏は鎌倉北条氏に仕えるが、足利尊氏の代に後醍醐天皇の挙兵に応じて鎌倉幕府の討幕運動に参加する。尊氏は後醍醐天皇の建武の新政からは離反し、北朝を建てて幕府を開き、室町時代には足利将軍家となる。足利学校は「坂東の大学」として宣教師によってヨーロッパにまで隆盛の様子が伝えられている。

藤原北家長家流・那須氏は那珂川流域に安定した地域を形成し、関東では珍しく戦国時代・江戸時代・明治時代を乗り切り、現在もこの地に家名を継いでいる。那須与一宗高を生む。

日光東照宮陽明門

清和源氏義家流・新田氏流を名乗ることに成功した徳川家康が江戸の地に徳川幕府を開くと、中世以来の有力豪族は相次いで下野から姿を消し、天領や旗本領に細分化されて徳川家の譜代大名や旗本が支配するようになった。日光は幕府の聖地として、東照宮をはじめとする華麗な建物が作られ、特別に保護・崇敬された。 江戸時代に置かれた藩及び交代寄合陣屋としては宇都宮藩、壬生藩、烏山藩、黒羽藩、大田原藩、佐野藩、足利藩、吹上藩、高徳藩、喜連川藩があり、福原家の佐久山陣屋、芦野家の芦野陣屋、那須家の福原陣屋、大田原家の森田陣屋など交代寄合の陣屋もあった。 二宮尊徳は、近世後期の荒廃した農村のたて直しを図るため、桜町(現在の二宮町)の旗本領の復興につとめ、以後各地で報徳仕法と呼ばれる改革事業を実施した。

幕末-近・現代

栃木県庁 旧本庁舎(宇都宮市)

戊辰戦争では宇都宮など北関東における戦役の舞台となり(宇都宮城の戦い)、明治維新を迎えると政府は、中央集権をおし進めるため1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)に廃藩置県を断行、旧来の封建支配の一掃を図った。その後、全国的な府県の再編が行われ、同年12月25日(旧暦11月14日)、下野国北部に宇都宮県が、また下野国南部に上野国南東部を加えて栃木県が設置された。両県の管轄区域および県庁所在地は以下の通りである。

1873年(明治6年)6月15日に宇都宮県と栃木県が合併して今日の栃木県が成立、県庁が栃木町に置かれた。1876年(明治9年)に上野国内3郡が熊谷県の北半部(上野国内)と合併して群馬県の一部となり、ほぼ現在と同じ県域となった。1884年(明治17年)、栃木県という呼称のまま、県庁が宇都宮町に移された。

人口

年齢構成

年齢5歳階級別人口 2004年10月1日現在推計人口 総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g01.png 92
5 - 9 画像:g50.png画像:g03.png 96
10 - 14 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 98
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png 113
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 118
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 132
30 - 34 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 150
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 131
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 125
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 136
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 161
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png 152
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 129
65 - 69 画像:g50.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 106
70 - 74 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 97
75 - 79 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 83
80歳以上 画像:g50.png画像:g01.png 92

年齢5歳階級別人口 2004年10月1日現在推計人口 男女別 [単位 千人]

年齢
47 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png 45
49 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 47
50 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 48
58 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 15 - 19 画像:r30.png 55
61 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 20 - 24 画像:r30.png画像:r01.png 57
69 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r05.png 63
78 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r10.png 72
67 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r05.png 64
64 画像:g30.png画像:g05.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 61
70 画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 66
82 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png画像:r01.png 79
78 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 74
65 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png 64
51 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 65 - 69 画像:r30.png 55
44 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 70 - 74 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 53
35 画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 75 - 79 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 48
29 画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r05.png 63
栃木県と全国の年齢別人口分布図(比較) 栃木県の年齢・男女別人口分布図
■紫色は栃木県 ■緑色は日本全国
■青色は男性 ■赤色は女性
1980年 1,792,201人
1985年 1,866,066人
1990年 1,935,168人
1995年 1,984,390人
2000年 2,004,817人
2005年 2,016,631人
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)

行政

歴代公選知事

詳細は栃木県知事一覧を参照

財政

経済

第一次産業

農林業 水産業 (参考リンク:とちぎの水産業、:とちぎの水産) 農業産出額

第二次産業

工業 鉱業 製造品出荷額等

第三次産業

商業 観光 商業年間商品販売額

国際友好提携・交流関係

地域

都市圏

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷 ※東北新幹線の駅が設置された都市圏は斜体。

1980年 1990年 1995年 2000年
宇都宮都市圏 547,545人 東 北 新 幹 線 開 業   82 年 大 宮 85 年 上 野 91 年 東 京 宇都宮都市圏 800,459人 宇都宮都市圏 859,178人 宇都宮都市圏 888,005人
鹿沼都市圏 95,999人
今市都市圏 50,423人
日光都市圏 23,885人
小山都市圏 190,194人 小山都市圏 209,818人 小山都市圏 239,249人 小山都市圏 245,698人
足利都市圏 165,753人 足利都市圏 167,615人 足利都市圏 165,588人 足利都市圏 163,066人
佐野都市圏 142,411人 佐野都市圏 147,663人 佐野都市圏 147,842人 佐野都市圏 145,194人
栃木都市圏 129,963人 栃木都市圏 134,946人 栃木都市圏 134,676人 栃木都市圏 133,058人
大田原都市圏 100,083人 大田原都市圏 111,945人 大田原都市圏 116,708人 大田原都市圏 122,127人
真岡都市圏 92,065人 真岡都市圏 103,541人 真岡都市圏 105,897人 真岡都市圏 107,175人
黒磯都市圏 73,363人 黒磯都市圏 79,014人 黒磯都市圏 83,023人 黒磯都市圏 85,713人
矢板都市圏 35,585人 矢板都市圏 36,650人 矢板都市圏 36,444人

地域圏

以下の10の広域市町村圏がある。(五十音順)

以下の14市6郡17町がある。町はすべて「まち」と読む。

平成の大合併

その他の地域区分例

主な交通網

那須野が原と東北自動車道
北関東自動車道、鬼怒川、日産自動車栃木工場空撮
各種交通機関が集中通過する矢板市郊外の塩那丘陵。東北自動車道、東北新幹線、宇都宮線、国道4号が狭い範囲に集中する
五十里湖(海尻付近)空撮画像 中央部は湯西川に掛かる野岩鉄道会津鬼怒川線鉄橋と国道121号

高速国道

一般国道

主要県道・一般県道

鉄道路線

主な路線バス

マスメディア

新聞

テレビ局

放送区域は関東広域圏に属する。

ラジオ局

1994年、栃木市の栃木コミュニティー放送に免許が交付された事があるが(JOZZ3AA-FM:FM蔵の街)免許取り下げのため、現在まで県内にコミュニティ放送局は無い

栃木県と関係の深い企業

栃木県内に本社を置く企業

栃木県内に主要事業所を置く企業

生活文化

食文化

郷土料理

スポーツ

作品

小説 推理小説 楽曲 テレビドラマ

栃木県出身有名人

文化財

建造物

書跡・典籍

観光

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

変更履歴
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